「それで?......なんであんた ここにいんのさ。」

「いいじゃん 別に.....お客さんなんだからさ。
それより 何で お水なの?ここはお酒を売る店でしょ。何か飲ませてよ。」
「はぁっ....まったく もう。相変わらず手の掛かる子だわ。」


    Crystal eyes      6


仕方ないじゃん......だって 行くとこ ないんだもん。
実家だって すぐに帰れるってわけでもないし.....
ましてや こんなことで帰ったりしたら 絶対に叱られるに決まってる。

「飲みに来たとは思えない格好だからさ。大体 まだオープン前だっての 」
「だって.......」

まきちゃんに指摘されて 手に持ってたエプロンをぎゅっと握りしめた。
改めて自分を見てみると確かに この店には似つかわしくない。
TシャツにGパン.......足元はサンダルだし。


「ゆかちゃーん 今ね なつみさんに電話したら待っててってさ 」
「え?なんで恵理子さんまで呼んじゃったの?」
「だって ひさしぶりなんだもん。ねぇ まきちゃん。」
「ここではママって呼びなさいって言ってるでしょ。この子もほんとに.....はぁっ」


さっきから 溜息ばっかりついてるまきちゃん。
こんな時だっていうのに 何だか笑えてしまう。

二人とも 変わらない。
ここにいるだけで 何となく落ち着いてくる自分がいる。
恵理子さんが来るまで 三人でくだらないことばかりお喋りしてた。
さっきまで 苦しかった気持ちが少しずつ楽になっていく。




「お待たせでしたぁー。」

旦那さんに ここまで乗せてもらって来たという恵理子さんは
たまには子育てから離れて息抜きしたいから丁度良かったって言って笑った。

「お腹 大丈夫なの?つわりとか ないの?」
「今回は案外 そうでもないかな?やっぱりその度に違うもんなんだね。
......って それより 今日はどしたの?まさか.......もう?」
「もう.....って?」

「ふうふげんか!」

私以外の三人が口を揃えて言った。まるで合唱団みたいだ。

「......そんなんじゃないよ。ただ......」

喧嘩したんならまだ よかった.....

ノブさんの話を聞いて 何も言い返せなかった私は
気がついたら 家を飛び出してた。

「ゆかちゃんね お店の前で私のこと待ってたんだわ。
泣きそうな顔で タクシー代貸してってさ。驚くでしょーが 」
「何があったの?......もしかして DVだったとか?」
「ちょっとぉー。ノブさんは暴力なんか振るう人じゃないです!」
「じゃあ 一体なんなのよぉー」
「私のことより..... 他の女の子はまだ来ないの?」
「遅い時間しか来ないから 心配ないよ。この時間はえみと二人で十分。
だから心置きなく お姉さんたちに その悩みとやらを打ち明けて御覧なさい 」

三人の視線を浴びながら ノブさんの顔を思い浮かべた。
きっと 心配してるだろうなって........
ここにいる彼女たちだって
ワイドショーのレポーターみたいな顔してるけど
本当はきっと心配してくれてるんだと思う......たぶん。


そして私は もう一度 ノブさんの言葉を思い出してた............






   



「昨夜......電話があったんだけどさ.......」
「うん 朝 言ってたよね。誰からなのか 聞いていい?」
「別に .......黙ってる必要もないんだけどな。」
「もしかして......仕事のトラブルとか?」
「いや 違う。電話....達也からだった。」

.......吉永さん?

それで どうしてノブさんの様子がおかしくなるの?
吉永さんは いつも家の方にはかけてこない。
それが何故なのかは 何となく分かるけど.......

だけど 私たちが結婚した後も 二人は今までどおり時々会ってる。
こないだも バッティングセンターに一緒に行って
帰りにいつもの店で 飲んで帰ってきたって言ってたし。
そりゃ......さすがに私は行かないけど。
なんだかんだあったのに 仲がいいなって思ってた。
男同士の友情って すごいなって......

......喧嘩でもしたんだろうか。

だけど さっきのノブさんの行動からして


原因はたぶん.......


「吉永さん なんだって?まさか 喧嘩でもしたの?」
「......いや 今度また飲もうやって話だったけど 」
「それだけ......?」
「那美から聞いたらしくて お土産......ありがとうって。それで.....」
「......うん 」


「あいつが言ったんだ。俺の好きな色だって......」


そう言ってノブさんは 私の顔を覗き込んだ。
確かに あのお土産は私が選んだもの。
そして あの色は 吉永さんの好きな色。

だけど........っていうか.....それがいけなかったの?

「香織のこと 心配してたみたいだった。なかなか電話切らなくてさ。
那美から聞いたんだろうな 昨日のこと。でも 言い出せなかったみたいでさ......
あいつの方からは なかなか聞きにくいの分かってて
香織 大丈夫だからって......一言いってやればいいものを。
結局 何も言えなかったんだ。俺 小さいよな。人間がさ 」

ノブさん........どうして?

こんなことで泣きたくなんかない。
それなのに......
涙は私の許可もなく 勝手に出てきてしまって


「おい 香織?」
「......ノブさん.......何もわかってない 」
「何もって.......」
「......もう.....いい.....」



こんなにも ノブさんのことを想ってるのに.....
誰よりも ノブさんのこと大事にしたいのに.....





      






「.......で.....エプロンのまま 飛び出したってわけ?」
「だって 何て言っていいか分からなかったんだもん。
あっ  魚! ......そのままにして来ちゃったよぉ.....
野菜も切ってる途中だったし お味噌汁のいりこもつけたままだし 」

カウンターに座ってぶつぶつ言ってる私の横を通って
まきちゃんは 開店準備しなきゃって さっさと裏に入っていった。


「ボスさん かわいそう.......」
「え?......」
「だよねぇ。それぐらいのことで家出されたら そりゃ気の毒だわ。」
「......って 何よ。私がいけないの?」

恵理子さんも えみちゃんも ノブさんに同情してるらしく.....

「それってただの やきもちじゃん。昔の男に嫉妬してるだけでしょーが。
逆に 香織ちゃんのことが好きで好きでたまりませんって言ってるようなもんでしょ。
あーあ....結局は 新婚さんの惚気話 聞きにきただけだったかぁ。」

えみちゃんまで そうだそうだって言って 二人で ねぇって頷きあってる。

別に......惚気てるつもりなんかないのに。


いつの間にか 綺麗に口紅を塗りなおして 裏から出てきたまきちゃんは
私の前にチャームのチョコレートを置いた。
それからえみちゃんにも お化粧を直してきなさいって
そのあと 小鉢の準備をするように言った。

「お酒はやめとこうね。なつみさん 飲めないだろうし。
とりあえず トマトジュースで乾杯でもしときますか?」
「トマトジュースにチョコレートって....合うのかな 」
「合わないでしょ.....たぶんね 」

考えたら気持ち悪くなったからと 恵理子さんはトイレに入っていった。
それを横で見てたら なぜか私まで気持ち悪くなってきちゃって......

「まきちゃん.....私 やっぱり お水のおかわりでいい 」
「そう?じゃ 私 ビールいただきまぁす。あ 心配しなくてもいいよ。
これ あんたにつけたりしないから。もうすぐお客さんがくるだろうし
だからさ 二人とも 好きなもの飲んでね。遠慮しなくていいよ。
そうだ.... 何か食べるものでもとろうか?お寿司とか ピザとかさ。」

とてもそんな気分になれない私を無視して
三人は ピザのメニューを広げて なにやら相談中だ。
さっきまでトイレに篭ってた恵理子さんも 一緒になって選んでる。
つわりって.....こんな感じなのね......


それよりも......今頃 ノブさん 探してるのかな....
見つかったらまた 同じことで注意されるだろうな。


“ 携帯を持って出なさいっていつも言ってるだろ ”


今回もまた 持って出るの忘れてるもんなぁ......
おまけに 財布も置いてきたから無一文だしさ。


何やってんだろ.....私は.....



「ボスの気持ちも 分かってあげなよ。」
「まきちゃん.....ピザは決まったの?」
「そこの二人が揉めてるから.....まぁ そのうち決まるでしょ 」

二人の方を見てみると どうやらトッピングのことで意見が分かれてるらしく

「ふふ.....そうだね。」
「......だいたいさ ゆかちゃんたちって複雑すぎるんだよね。
だってさ 自分の親友の元浮気相手が今の自分の奥さんな訳でしょ。
更に その元浮気相手の奥さんとあんたが友達だなんてさ。
通常 ありえない関係じゃん。ボスだって落ち込むことぐらいあるでしょ。」
「......早口言葉みたい......」
「それぐらい難しいってことだよ。あんたたちの関係ってのはさ。
もうちょっと覚悟してるかと思ってたのに.....まったく......」

まきちゃんの言う通りだ。
ノブさんはいつだって気にしてないって言ってくれた。
だけど よく考えたら そんなの平気なわけないよね。

「ねぇ まきちゃん......私どうしたらいい?」
「はぁ?まだ そんなこと言ってんの?」
「だって 今更 那美さんに友達にはなれない なんて言えないもん。」
「だからぁー どうしてそうなるんだっての。
じゃあ何?那美さんと友達やめたら あんたの過去は消えんの?」

そんなことない。私が吉永さんを愛してた事実は絶対に消えない。
それに 今だって彼を愛してたこと.....後悔なんかしてない。

「......ボスはさ あんたのことが本当に好きなんだよ。
今まで 何も起きなかったのが不思議なくらいじゃない?
きっとさ ちょっと 不安になっただけでしょ。
ゆかちゃんたちのこと 一番近くで見てたんだからさ 。
それぐらい 笑って流してあげなよ。たいした事じゃないじゃん。」

まきちゃんの言葉は相変わらず的確で鋭くて......暖かい。

「そうだよね。私もちょっと大人気なかったね。
こんなことで 飛び出すなんてさ......どうかしてた 」

まきちゃんは 一杯だけだよって ビールを注いでくれた。
冷たくって 美味しい......

「ちょっとー あんたたち ピザ決まったの?」
「もう注文しちゃったよん。結局 じゃんけんしたけどさ 」

負けちゃったよーって言いながらキスチョコを頬張る恵理子さん。

「.....あのさ 結婚したらしたで 今からまだ色々あるよ。どこも一緒よ。
香織ちゃんたちだって いっぱい乗り越えて段々といい夫婦になれるのだ。」
「ほら 主婦の先輩が 偉そうにアドバイスくれてるじゃん。」
「あのねぇ 偉そうにってってとこだけ 余計なの。」
「えみね 仲直りの方法知ってるよぉー 」
「いや あんたには聞いてないから 。それより小鉢の用意できたの?」

慌てて 裏に入って行ったえみちゃんは
どうやら ピザの注文に必死で 何も作ってなかったらしい。

やっぱり ここに来て良かった。

三者三様 言葉は違っても 誰もが私を思って色々言ってくれる。

そんな素敵な友人たちに 心から感謝した。





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