「.....ん......美幸さん....?.....」

なかなか開かない目を無理やりあけて 隣を見ると
そこに居るはずの人物の姿がなくて......



    Crystal eyes       5



「起きたのか?香織」
「あ.....ノブさん おはよ。美幸さんは?」
「約束してるからって さっき出掛けたぞ。夕方 もう一回寄るって言ってたけどな。」
「えー 嘘でしょ。まじ?」
「友達に会う為に 帰ってきたんだから当然だろ。何 驚いてるんだ?
それに もう結構な時間だぞ。よく眠ってたから起こさなかったんだ。」

時計を見ると もうすでに朝のワイドショーは終了してる時間帯。
......はぁっ 主婦失格だわ......

あれから 二人でいろんなことお喋りして 気がついたら眠ってたらしい。


まさか 美幸さん......


昨夜の感じからして きっとその彼に会いに行くのは止めたんだろうと思ってた。
.......あれは 私の勘違いだったのかなぁ。
考え込んでいる姿を不思議そうに見てるノブさん。

.......まずい。

「いや......何でも.....ない。そうだよね。約束あるって言ってたし。
はは 私 どうやらまだ 寝ぼけてるっぽいなぁ。あ....コーヒー淹れるね。」
「......ん 頼む。俺も 今日はちょっと体がきついし....」
「え?大丈夫なの?ノブさん」

昨日 ノブさんがやってくれたみたいに おでこに手を当ててみた。
どうやら 熱はなさそうだけど......

「もしかして 風邪のひき始めかなぁ。急ぎの仕事ないなら 今日はうちで休む?」
「大丈夫 ただの寝不足だから......昨夜 眠れなくて......」
「あ.....もしかして 煩かった?.....ごめんね ノブさん 」

ノブさんは 手を合わせて謝る私の頭を撫ぜてから
そうじゃないって笑ってくれた。

「あれから ちょっと.....電話があってな.....」
「え?気がつかなかったよ。何時ごろ?」
「家のじゃなくて こっち 」

ノブさんは テーブルの上の自分の携帯電話を指差して言った。
そんな夜遅くに 携帯にかけてくるなんて.....誰?

だけどノブさんは 電話の相手の事は何も話してくれなかった。
どうしても今日中に仕上げないといけない図面があるからと
遅くなってしまった朝食を食べてから 昼ごろになって会社に出掛けていった。

基本的に うちには仕事関係のものは置かないようにしてるノブさん。
私も 結婚してからは お昼のお弁当を持って行って 一緒に食事して
夕方まで仕事の手伝いをして 夕飯の支度に間に合うように帰るようにしてる。
私ができる手伝いなんて 正直たかがしれてるんだけど.......
お客さんが来た時にコーヒーを淹れてくれるだけでいいって
ノブさんが そう言ってくれるから.......

だけど 今日は来なくていいって言われちゃった。
美幸さんが 帰ってくるだろうし 早めに帰るからって......

それにしても ほんとに会いに行っちゃったなんて どうしよう。
会いに行って確かめてみるのもいいかもなんて
無責任なこと言っちゃったもんなぁ。

とりあえず思い体を引きずって 部屋の掃除を始めてはみたけど
やっぱりどうしても 気になってしまって......
それに 変な寝方したせいで 体の調子もあまりよくない。
掃除も 中途半端のままで キッチンの椅子に座り込んでしまった。

あ.......那美さんに電話するの 忘れてた.....

すっかり頭の中から消えてしまってた那美さんへの電話。
急いで かけてみたけど どうやらお留守なようで.....

先に お掃除だけ済ませてから またかけなおすかなって思って
掃除機のコンセントを引っ張り出したときに 電話が鳴った。



「香織さん? 私 」
「美幸さん!」
「ふふ.....慌ててるねぇ 」

受話器の向こう側で 不穏な笑みを浮かべる彼女を想像して....

「べ.....べつに 慌ててないですよ.....で....今どこですか?」
「そんなぁ 野暮なことは聞かないでよねー 」
「え......それって あの......」
「あはは 冗談だってば。あのさ そっち戻るつもりだったんだけど
やっぱりこのまま帰るわ。香織さんにお礼言っとこうと思って 」
「お礼って.....それよりもその人とは.......」

「さっき会ってきたよ」

あっけらかんと言う美幸さんのことがわからなくなる。


「会って お昼ごはんに 美味しくて高い肉ご馳走させてやった。
久し振りにリッチなランチだったよー。専業主婦には無理だもんね。
それから聡の分のお土産まで買わせてやったよ。お饅頭ね。あはは
えっと それからぁ.....子供には 可愛いワンピースね。似合うよぉ。これ」
「はぁ?それってどういう.......」
「ここまで来たんだからさ 会わずに帰るのもなって思って。
どうせなら あいつの下心 利用してやろうかってね。それに.....」
「美幸さん?」
「それに 昨日 思い出したんだよね。私がどうして旦那を選んだのかって 」
「.....そうですか.....」
「うん 香織さんのお陰。やっぱりあの人には私がいないと駄目だわって思ってさ 」
「はい きっとそうです。ふふ 何があっても美幸さんが守ってあげないとね 」
「そうなんだよね。ほんっと大変。早く帰らなきゃ 」

彼女は 電話の向こうで満足そうに笑った。
これでよかったんだね きっと.......

美幸さんはちょっと忘れてただけ。
自分にとって 何が一番大切なのかを.......



「......てな訳だから もうすぐ電車くるしさ。また近いうちに遊びに行くよ。
頼りになるおねえちゃんができて嬉しかった。ありがとう。」
「私は何も.......あ 編み込み 今度来た時は絶対ですよ。」
「ああ あれ?それならお兄ちゃんも出来るから 頼んでみてよ 」
「えぇ?ノブさんに......ですか?」
「私も小さい頃はよくやってもらってたんだよ。あの人 手先器用だからさ 」

........って まじ?嘘でしょー。

「それより.....お兄ちゃん 今朝ちょっとおかしくなかった?」
「へ?......いや 特には。あ でも寝不足らしいですけど。」
「ふーん.....ならいいけど。それじゃ またね。バイバイ 」
「あ.....ちょっと.....あの」


なんだかんだと言いながら 勝手に切れた電話。
美幸さんらしさに受話器を持ったまま思わず笑ってしまう。
もしかしてちょっとだけ 彼女と仲良くなれたのかな?

そんな事より 最後の言葉が妙に気になる。
ノブさん 様子がおかしかったんだ.....
やっぱり具合悪いのかな。


急いで掃除機だけかけてから ノブさんのいる仕事場に向かった。

だって やっぱり心配だから.......



「ノーブさん」
「お どうした?昼飯はさっき食ったぞ。」
「はは ブランチね。私が寝坊したから......ごめんね 」
「全然 気にしてない 」
「あのね 美幸さん もう真っ直ぐ帰るってさ。連絡あったよ 」

それを聞いて安心したらしいノブさんは 一緒に帰ろうと言った。
仕事は とりあえず一段落したらしくて.......

「ね 晩御飯の買い物 付き合ってくれる?」
「OK。じゃ 行くか。」

ノブさんとの買い物は 私の大好きな時間のひとつだ。
二人で 晩御飯の相談をしながら スーパーの中をぐるぐる回る。
カートを押してくれる旦那さんと 野菜を吟味する奥さん。
なんだかそれだけで幸せを感じてしまう。

「ノブさん 体調はどう?何か消化のいいものにしよっか。」
「別にどこも悪くないけど 今日は和食かな。」
「了解!じゃ 肉じゃがでもいかが?あとは あじの塩焼きとか 」
「それでいいぞ。糠漬けと味噌汁もよろしく 」
「あい」




うちに帰って すぐに夕飯の支度に取り掛かった。
肉じゃがに入れる野菜の皮を剥きながら
リビングのソファーで横になってるノブさんに話しかけた。

「さっきね 美幸さんに聞いたんだけど ノブさんって編み込み出来るの?」
「また あいつは余計な事を......一応な。やり方はわかる。」
「ほんとぉ?じゃさ やってよ。私の髪。」

じゃがいもと包丁を持ったまま リビングに行った私に 物騒だなぁと笑いながら

「いいけど とりあえずそっちを作り上げてからな 」
「うん。分かったー」

キッチンに戻って 涙腺を攻撃されながら涙目で玉葱を切ってると
後ろから 急にノブさんが抱きついてきた。


「きゃっ.....危ないよ。包丁持ってるから.......」
「香織.......」
「.......どうしたの?......ノブさん?」


ノブさんはやっぱりちょっとおかしかった。
寂しそうなその声に 包丁を置いて振り返るといきなり抱きしめられた。
あまりの力で身動きが取れなくて それに玉葱のお陰で目が痛くて

.......彼の表情を確かめることができない。


「ちょっ......ノブさん 何かあったの?」
「何でも......ない。ただ 俺がだめなだけ......」
「意味わかんないよ?ちゃんと話してくれないと嫌だよ。」

ノブさんの腕から少しずつ力が抜けていく......
彼らしくないそんな行動に 一気に不安が押し寄せてきた。

「ねぇ ノブさん 何があったのか話してくれる?」

ノブさんの手を引っ張って リビングに連れて行って二人で並んで座った。

「嫌なら無理には聞かないけど......何だか変だよ?ノブさん」
「......悪い。俺がどうかしてるんだな......きっと 」
「私には話せないの?何か 大変なこと?」
「そんなんじゃない......」

それから ノブさんは ぽつりぽつりと 話しはじめた。


眠れない夜を たった一人きりで過ごした訳を.......




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