「昔の......って......」
「別れた昔の彼氏に会うの。どうしても会いたくて.....ただ それだけのために........帰ってきたんだ 」



    Crystal eyes        4



「ちょっ......美幸さん!どういう......」
「しっ 声が大きいよ。」
「あ ごめんなさい。でも......」

向こうでノブさんが寝てることすら忘れてしまうとこだった。
いきなりの告白に 布団の中から飛び出て正座までしてしまった。

どういう事?昔の彼って......?まさか.....

「あ まだそんな関係じゃないから。心配しなくたっていいよ。」
「まだって......あの....」
「こないだこっちに帰って来た時に友達がね。その彼に 連絡しちゃってさ.....
久しぶりに会ったんだけど やっぱあいつは何年経っても男前だわ。」

うんうんって頷きながらなぜか一人で納得してる彼女に
返す言葉もなく ただ黙って次の言葉を待った。

「彼ね まだ独身らしくって.........結婚には興味がないって未だに言ってるんだから。
ほんとは今頃......彼と会ってるはずだったんだけど
急用が出来たとかで 結局 こうなったって訳。
でね 明日 仕事休み取るからどっか行かないかって.....
もう帰ろうかなって 思ってたんだけど どうしても もう一度会いたいって言うから。」

美幸さんは 旦那さんに何て言って出てきたんだろう。
こないだ帰ったばかりでおかしいとは思わないのかなぁ.....

「その人とね 付き合ってるとき 何となくうまくいかなくなって
.....会ってても辛くって.....なにしろ見てくれがいいでしょ?
とにかく 浮気の心配ばっかりさせられる人だったからさ。
だけど...... どうしても別れたくなかったんだ。
彼のこと.......好きだったから。
ちょうどその頃 旦那に出会ったって訳。よくある話よね。
最初は 彼にやきもち妬かせるのが目的で 旦那と付き合ってたのに.....
なんでなのかなぁ。気がついたら 結婚してたよ。あはは」

そう言って自嘲気味に笑う彼女は とても辛そうで
最近 幸せ呆けしてる私には余計にそう見えるのかもしれないけど......


「あの時 どうして旦那を選んだのか......もう思い出せなくて。」
「美幸さん......」
「彼のこと あんなに好きだったのに......なんでなんだろう。」


彼女の吐き出した言葉に 私は共感を覚えた。

昔の恋を思い出すとき なぜかその人との幸せな想い出ばかりが蘇る。
辛い想いをして泣いたことも 眠れないほど悩んだことも
たくさんあったはずなのに.......


「今更って思うかもしれないけど 確かめたいの。
会いたいって......電話の向こうで彼が言うもんだからさ。
だけどね 正直 まだ悩んでる....ね 香織さん.....
私のこと 軽蔑した?私.......どうしたらいいと思う?」


彼女らしくない....小さな震える声で 下を向いてしまった。
まだ そんなに彼女のことを知ってる訳じゃない。
今 私に言えることって一体 何があるだろうか。
小さく震える美幸さんを見ないように 窓の方を見た。
そして 一回だけ 大きく息を吸い込んでから......


「そんなこと...... 確かめてどうするんです?」
「え.......どうするって......」
「その人に会ってみて やっぱりこの人だったかもなんて思っちゃたりしたら
..........今の旦那さんと別れる気なのかなって思って。」

暗闇に慣れてしまった目に 困惑してる美幸さんが映る。

そうだよね.....こんな意地悪言って

答えられないよね.....


「.......美幸さん ごめんなさい。酷い事 言っちゃって.......
私 美幸さんの気持ち 分かります。だから.....軽蔑もしないし
その人に会うのを止めたりなんかするつもりありません。」

「香織さん........」
「その人と会って 確かめるのもいいと思います。自分の気持ち 」
「....もし.....もしも私が彼とどうにかなったら......」
「それはそれで.....仕方ないと思います。ただ......」
「......ただ?」
「そうなった時に美幸さんが失うものって きっと大きいと思います。」
「.......失うもの.....か....」


彼女はきっとまだ悩んでる。
その人に会いに行ってもいいのかどうか
自分でも分からなくなってるんだ。
だけどきっと 彼女はその答えを知ってるはず.......


しばらく 沈黙が続いて 美幸さんが話し始めた。


「聡がね......あ うちの旦那ね。出掛ける前に笑顔で言ったの。
お土産は 何でもいいけど 食べられるものにしてくれよって。
あの人 甘いものが大好きで......お饅頭とか目がないんだぁ。
だけどさ.......そういうの たまんないんだよね。
何も疑ってないの見るとさ なんだか逆に私にはもう興味ないみたいに感じて.....
どこにいくのかとか 誰に会うんだとか......聞かれもしないなんて
それはそれで......寂しいもんだよね。勝手な言い草だけどさ。」
「それは きっと美幸さんを信じてるからですよ。」
「......そうなのかなぁ......」
「私は そう思います。 ほんとの所は本人にしか分からないですけど。」

思い出して欲しい.....

旦那さんを選んだその理由を......


「ご主人って どんな方ですか?私 あまりお話してなくって.....」
「ふふ どこにでもいるオヤジだよ。ちなみにお兄ちゃんもだけどさ。」
「えー!酷い。ノブさんはまだオヤジじゃないですもん。」
「まぁね 子供がいないぶん まだオヤジ臭くはないかな。」

人の旦那さん捕まえて オヤジ呼ばわりはないでしょ。
ノブさんは旦那さんだけど ずーっと私の彼氏なんだから。

「.....聡はね 普通のサラリーマンで 普通の旦那で 普通のお父さん。
それ以外のことって何も思いつかないなぁ。なんかそれも可哀想だけど 」
「でも 普通でいるのってきっと 一番 難しいと思いますよ。たぶん.....」
「そうかもしれないね.....あ でもね.........やっぱいいや 」
「またぁ 言いかけてやめるのって余計聞きたくなるんですよね。
ノブさんの作文の時もそうだったしぃー 」
「ごめーん。ちょっと恥ずかしいからさ。じゃあさ 先に教えてくれる?」
「何を?」
「プロポーズの言葉。何て言ったの?お兄ちゃん」
「へ?......えっと.....なんだっけかなぁ.....」
「嘘でしょ 覚えて....ないのぉ?」

ほんとはちゃんと覚えてるんだけどね.......
なんせ二度もプロポーズされたから。


「......っていうか 先に聞きたいな。美幸さんのご主人何て言ったんですか?」
「あー ずるいんだからぁ。......じゃ後で絶対教えてね?
お兄ちゃんがプロポーズしたってだけでめっちゃ興味深いわー 」

そんな 面白がられてもねぇ......

美幸さんと二人....... 体操座りして 壁にもたれて
恥ずかしいから お互い顔見えないように窓の方を向いて......


「いつもね うちのお父さんの手前 デートも早めに切り上げてさ。
キスするのも やっとって感じだったけど.....
初めての時さ......初めてって..... 分かるでしょ?」

なぜだか つい 生唾ごっくんしてしまった私。
どんな義姉なんだ 私は......

「その時にね ........聡が言ったんだよね。
俺には何の力もないし 頼りないかもしれないけど
美幸のことだけは 何があっても絶対に守ってみせる自信があるからって。
それから 俺の愛は海よりも深いと思うぞって。溺れたら助けてやるってさ。
ふふ......思い出したら 気障なセリフだよね。恥ずかしい。
今 同じこと言われたらきっとひきまくると思うけど.....
それに......うちの人 泳ぎ 全然駄目なんだもん。助けるの私でしょって感じ。
ほんっと無責任って言うか いい加減って言うか.......
だけど 私 その時さ めちゃくちゃ嬉しかったんだぁー 」

暗くて彼女の表情は見えないけど たぶん幸せそうな顔だと思う。
だって 話し方でそれがしっかりと伝わってくるもん......

「素敵ですね。何があっても守ってみせるか.....いいな 」
「やだなぁ.....結構人に話すと恥ずかしいもんだね。
さあ 約束は守りましょうね。 お・ね・え・さ・ま?」
「うっ.......分かりました。でも絶対にノブさんには言わないでくださいよ。
私が 叱られちゃいますから。いいですね?」
「はいはい。そんな前置きいいから。で?お兄ちゃん 何て言ったの?」

「////// 結婚しようかって。お前とならずっと一緒にいられる気がするって 」

「.......へ?それだけ?それも 気がするって何さ 」
「それが一回目です 」
「はぁ?何回 言わせたの?」
「すいません。二回ほど......」
「なんじゃ そりゃ。まさか一回目は断ったの?」

美幸さんは 私たちの事情を知らない。
お義母さんたちも 話してはいないようだし.....

「まぁ......色々あったんでそれは置いといて......で 二回目は.......」
「うんうん」


「......私しかいらないって....香織の代わりはどこにもいないからって.....」


思い出したら 泣きそうになった。
あの時 ノブさんは私にそう言って 指輪を渡してくれた。

嬉しくて 嬉しくて.......



「いいこと言うじゃん.......兄貴も 」
「.....はい。いいこと言うんです 」

涙声の私に ティッシュを箱ごと渡してくれた美幸さんは
少し笑って.......その後 静かに溜息をついた。

「.......明日会う彼ね。何だか昔とはちょっと違ってて
付き合ってる時は 会いたいなんて 向こうから言った事なんてないのに
急にそんなこと言われちゃったもんだからさ......
考えたら 今日だってすっぽかしじゃんねぇ。
そういえば あいつ昔からそうだったんだよね。ドタキャンなんて平気だし。
それなのに すっかり忘れてて そんなこと......
私.....つい 浮かれちゃったよ。みっともないよね。」

彼女は また俯いてしまって その表情すら伺えない.....

「みっともなくなんか.....ないよ。」
「.......え.....?」
「私がもし 同じ立場だったら やっぱり考えるかもしれない。」
「香織さん......」
「だから 美幸さんも ちっともおかしくなんかない。」


正直 同じようなことがあれば 私だってわからない。
一度は好きになった人なんだもん。
会いたいと言われたら 少なからず悩むのは当たり前だと思う。
もしそんなことが この先 私にもあったら......
その時にもきっと ノブさんが私の一番であってほしいとそう思った。
ためらわないように......迷わないように......

「まぁ もっとも 私はノブさんだけを永遠に愛してるので やっぱそれはないかな?」
「なによ それ。結局はのろけってかぁ?勘弁してよね もうっ」

気がついたら結構 大きな声で笑ってて
だけど ノブさんからの苦情は聞こえてこないので
きっとぐっすり寝てるんだろうって......そう思ってた。



その頃ノブさんが 眠れない夜を過ごしてるのも知らないで.......




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