翌朝......
普段よりも なぜか早く目が覚めてしまって
ノブさんは隣で気持ちよさそうにスースーと寝息をたてて眠ってる。
きっと 疲れてるんだよね。

それなのに ノブさんったら/////


    僕の夢   4


昨夜のことを思い浮かべてしまって 顔が熱くなっていく。
.......っていうか 二人とも裸のまま寝ちゃってるし。
いつの間に眠ってしまったのかも 思い出せない。
どうやらお風呂上りのワインが効いたみたいで.....
.........一本 空けちゃったしね。

実は お酒に強いと自分で知ってる私でも 昔から苦手なのがワイン。
苦手といっても嫌いなわけじゃない。
ただワインだけは弱くって 前に一度だけ危険な目にあったことがある。
誰にも内緒だけど.......
昔 会社の上司に誘われて飲みに行った時
あまり普段はワインなんて飲まないし 飲み口もいいもんだから
つい 調子に乗って飲んでしまって......
意識はあったんだけど 足がまったく動かなくなって
そのまま どっかに連れ込まれそうになったことがあった。
あの時は本当に怖かったけど ぎりぎりで何とか発した言葉で救われた。

「私の彼氏 かなりやばい人ですから 止めたほうがいいですよ。」

たぶん呂律はまわってなかったと思うんだけど
その上司は 興ざめしてしまったらしく
冗談だからって さっさと私だけタクシーに放り込まれたんだよね。
後で まこちゃんにだけこっそりと教えたら そりゃ目薬だなって。
なんでも目薬をお酒の中に垂らすと かなり効果的らしい。
本当か嘘か 定かじゃないけどね。

あれから ワインだけには注意してるんだけど
昨夜はその.....ムードって言うかなんていうか.....
いろんなものに酔わされたって感じ?


しばらくは寝顔を眺めてたけど どうやら起きそうもない。
ノブさんを起こさないように そっと居心地のいい腕から抜け出た。

物音を立てたら起こしてしまいそうだったし 朝の空気も吸いたかったから
ちょっと一人で ぶらりと散歩にいってみることにした。

目が覚めてノブさんが私を探さないように 小さなメモに
「 すぐ帰ります 」とだけ書いて......


朝の海が見たい......

昨夜 お風呂まで波の音が聞こえてた。
ここからそんなに遠くないはずだろうとそう思って。

部屋を出てから とりあえずは真っ直ぐに歩いた。
実は方向音痴だったりするから。
迷子にでもなったら それこそ恥ずかしいもんね。
気持ちのいい空気を吸いながらゆっくりと歩いてると.......

「香織さーん 待ってー」
「え?.......あ おかあさん!」
「はぁっ 追いついた。香織さん一人?信之は?」
「まだ ぐっすりと寝てます。その間にちょっと お散歩です 」
「うちのおとうさんも一緒よ。女ってどうしても早く起きちゃうのよね。
もう 癖になってるから ゆっくり寝てろって言われてもねぇ 」
「あは でも私は まだまだその域には達してませんけど 」


子供ができたらきっとそうなるわよって お義母さんは笑ってた。
ゆっくりと歩いてると やっと海岸に出て 二人で並んで座った。


「香織さんは 子供は何人ぐらい欲しいの?」
「んー.....あまり考えたこと無かったです。こればっかりは授かり物ですし。
でもおかあさんみたいに 男の子と女の子が両方いるといいなって思います 」
「そうね それだけは本当に自分でも幸せだなって思ってる。
特に 男の子は優しいしね。でも 美幸もね あんな風だけど 実はあれで結構いいところもあるのよ。」
「はい 今回のことで それがよく分かりました。」
「作文 読みたい?」
「え?」
「美幸から聞いたのよね。だから私を連れてきてくれたんでしょ 」
「あ.....はい。でも.....いいです 」
「ふふ さては信之 先手打ったわね 」
「あ ばれました? 実はそうなんですけど でもほんとにいいんです。
それはおかあさんの 大事な想い出だと思うし.....」

こんな風にお義母さんと二人並んで 楽しくお話してる。
それだけで 一緒に来て良かったんだってそう思えるから。

「........僕の夢..........」
「え?」
「作文の題名。何度も読んだからもう全部暗記してるわよ 」
「ノブさんの......夢....」



「......私ね お父さんと結婚するとき お姑さんから大反対されてね。
うちの家庭.......ちょっと複雑だったから。私 ほとんどひとりぼっちだったの。
そんな家の子やめなさいって 考え直せってお姑さんに何度も言われたらしくてね。
そしたら お父さん 家飛び出しちゃって........まだ若かったから 」

これでも恋愛結婚なのよって お母さんはちょっと照れた顔で言った。

「二人で逃げてアパート借りたまでは良かったんだけど カーテンすら買えなくて
外から見えるからいやだって言ったの。そしたら おとうさんね......」

おかあさんはクスクスと笑って.......

「映画館の旗と どこかの煙草屋さんの旗 盗んできちゃって
それ 繋げて窓のところに吊るしてくれたのよ。面白いでしょ 」

確かに面白すぎる。つい吹き出してしまった。
外から見たらその窓はきっとかなり派手だったに違いない。
想像してしまったらどうにもおかしくて 二人で笑った。

「お父さん 長男の癖に自由に生きてきたところあってね。
貯金なんてお互いにゼロだった。だから しばらくは本当に貧乏で
二人で必死に働いて 初めて買ったのは確か.....炊飯器だったかな 」
「炊飯器......ですか?」
「そうなの。お布団が先でしょって言ったんだけど お父さんが炊飯器が先だって。
一歩も退かないもんだから 次のお給料まで 二人で毛布一枚で寝てたのよ 」

真冬だったら凍死してたかもねっておかあさんは懐かしむように言った。

「それでも毎日 ほんとに楽しくって......でもすぐに見つかっちゃったけど 」
「お姑さんに.....ですか?」
「それが お舅さんにね。お姑さんは自分が説得するから家に戻りなさいって 」
「それで戻られたんですか?」
「仕方なかったの。昔は長男が家を取るのが当たり前だったから。
私の実家と秋山とは 一切関わらないって事で結婚させてもらったのよ 」
「....おかあさんのご両親は.....今もご健在なんですか?」
「父はね 私が子供の頃に出て行っていないの。母は 再婚してね 。
もう随分なおばあちゃんだけど。でもね あまり会うことはないかな 」
「そうですか......」

これ以上は聞いてはいけないんだと感じた。
お義母さんの話を聞いてると ノブさんと私の結婚が
どんなに 恵まれてるものなのかと思い知らされる。

「でも やっぱりお姑さんはきつかったわー。今だから言えるけどね。
だから 絶対に私は優しいお姑さんになるんだって思ってたの」
「ほんとに おかあさんにはよくしていただいて......私は幸せ物です。」
「そう?それなら良かった。安心しちゃった。息子の嫁に嫌われたくないもんね。」
「ノブさんのおかあさんを嫌いになるはずないですから。」
「ありがとう。でも..... 私は嫌いだったのよ。お姑さんのことが大嫌いだった 」

おかあさんらしくない口調と表情に どれだけの苦労をしてきたのかと
愛する人の親と うまくいかないのにひとつ屋根の下で.....

「お父さんね その時はサラリーマンだったんだけど お姑さんがね
新婚旅行なんか行くこと無いって。休むなんてもってのほかだって言われて。
私にも意地があったから そんなものいかなくていいって思ってた。
おとうさんも 仕事が楽しくなってた頃だったしね。
それから 信之が産まれて........あの時はほんっとに嬉しかったな。
お姑さんに褒められたのは あれが最初で最後だった。
もう 褒めてもらおうにも この世にいないしね。」
「あの.....ノブさんはおばあちゃんを好きだったんですか?」
「どうなんだろうな。私とのやりとりを 少しだけど見てるから。
でも おばあちゃんは信之を本当に可愛がってくれたわよ。
そのお陰で 私に対しても少しずつだけど 変わっていったのよ。
孫の力って本当にすごいのよね。吃驚しちゃった。」

確かに 孫って我が子よりも可愛いってよく言うもんね。
まして男の子だもん。ノブさん きっと大事にされたんだろうな。

「あ そうそう。作文のことだけどね。小学校二年の時の母の日に書かされたらしくって。
あの子ね 昔から字を書くのが大嫌いで 鉛筆持たせるのも一苦労したのよ 」

絶対 嘘だと思った。だってそれなら何で設計士さんなのぉ?

「信じられないでしょうけどこれほんと。子供の将来ってわかんないものよね。
だってその証拠に その作文って たったの三行しか書いてなかったもの。
だから すぐに丸暗記できちゃうって訳なの。ふふ」
「へ?.....たった 三行?」
「そうなのよぉ。他の子はみんないっぱい書いてて参観日で発表したのに
やっと信之の番になったと思ったら すぐに終わっちゃって.......」

そりゃ きっと ものの五秒で終わってしまいそうだわ。

「最初はなんで新婚旅行のこと書いたんだろって思ったんだけど......
幼稚園のときにね 信之が大好きな女の子がいてね。のんちゃんって子だったかな。
その子と結婚するんだって 新婚旅行はどこにしようかなって言ってて......」

.....ん?のんちゃん?.......

「おかあさん それは 聞き捨てならないんですけど 」
「あらら 幼稚園って言ったでしょ。もうっ 香織さんってば 」

...........のんちゃんね 後で聞いてみよう うん。

「そのときにね おかあさんは新婚旅行どこに行ったの?って聞くから
私は行ってないのよって教えたことがあって.......
じゃあ僕と一緒に行こうねって指きりしたの。可愛いでしょ?
きっとそれを覚えてたんだと思うのよ。そしたら作文に......」

お義母さんは 思い出すように幸せそうに微笑んでた。

「ほんとに短くて 信之もあまり上手には読めなかったけど
.....でも嬉しくって 教室の中で泣いちゃったわよ。
だからね 今でも大事にお財布にずっと入れてるのよ。もう字もかすれてるけどね。
それを 美幸に見られちゃったって訳。ずっと昔ね。よく覚えてたわよね 」

何枚も書かれた作文よりも そのたった三行の文字が
おかあさんにとっては一生の宝物なんだなって思った。
美幸さんも 心に響いたから覚えてたに違いない。
ノブさんは やっぱりおかあさんに優しい人だ。
そして そんなノブさんのこと 私はまた大好きになった。




「.......おーい 香織。」
「あ ノブさん 」
「香織さん 今の話は二人の秘密ね 」
「もちろんです。絶対に言いません 」


走ってくるノブさんを見て 私も走った。


「お前なぁ 携帯は持って行きなさい。まったく....探したぞ 」
「どこにもいかないっていったでしょ。心配しなくても大丈夫だよ 」
「いや 香織のことだから迷子って事は大いに有り得るからな 」
「ちょっとぉ 失礼だなぁ 」

ノブさんの背中をバシッって叩くと 大袈裟に痛がるから......

「そんな 怪力じゃありません!」
「.....違うって。 昨夜 香織が爪.......」
「ぎゃーーーっ 何言ってんの///////」
「あ 悪い 」

お義母さんに聞こえたらどうすんのよって もうっ....


「お袋 今日はどうする?親父も今日一日 休めるらしいぞ。
俺たちと一緒に ドライブでも行くか?なぁ 香織 」
「うん。ぜひ ご一緒しましょ。おかあさん 」
「そうね でも.....やっぱり今日はお父さんと二人きりで観光しようかな。
たぶん 今度はいつこれるかわからないでしょうし。
それに......これ以上 二人の仲 見せられたら嫌なお姑さんになりそうだしね 」
「やだ...///// おかあさんったら」
「ふふ じゃ 先に帰るから 後は二人でごゆっくり 」

そう言ってお義母さんは笑いながら さっき来た道をゆっくりと歩いていった。




「.....やけに仲のいい嫁姑だな 君たちは。」
「そりゃそうだよ。なんたってノブさんのおかあさんだもん。」
「普通は うまくいかないって聞くけどな。現にお袋も.....」
「.....ん 聞いた。」
「香織が上手にやってくれるから有難いよ。間に入ったら大変だぞ。
今になって 初めて親父の気持ちが分かるような気がするな。」

きっとお義父さんも 辛かったと思う。
自分の母親が 自分の愛した人に冷たくあたってるのを
どんな気持ちで 見てたんだろうか.......

「それよりさ 何の話してたんだ?」
「えぇ?そんなの言えないよぅ。嫁姑の秘密の話だからさ 」
「なんだよ それ.....まぁ いいけどさ 」

笑いながら帰るぞって出された手につかまって
今度はノブさんと二人 並んで部屋まで帰った。
私の歩幅に合わせて歩いてくれる彼の隣を
ずっとずっと 歩いていきたいと そう願った。




その日は二人っきりで車でドライブしながら 綺麗な海を見て
お腹が空いたら露天のお店のコロッケだとか 焼き鳥だとか.....
あちこち回って いっぱい歩いて 夜は近くの所謂 ”ホテル”に泊まった。
ちょっと好奇心もあって 変わったとこ泊まろうよって話になったんだけど

それにしても ここはちょっと.....

「なんで ブランコ?なんでスロットがあんの?」
「知らない。俺もこんな部屋 初めて来たから 」

こんな部屋もあるんだねって ここで何するんだろうって
二人である意味 カルチャーショックを感じてしまった。

「試してみたら?ブランコ。滑り台もなぜかあるし 」
「え....いやだよ。ていうか もう寝よ 」

派手な鏡張りの部屋ではとても落ち着かず 二人で布団を頭からかぶって
最初に私が噴出してしまって 続いてノブさんも笑ってしまって.....

「あ そうだった。ノブさん のんちゃんって覚えてる?」
「はぁ?......のんちゃん?のんちゃん.....ん?」
「とぼけても駄目だよ。幼稚園の時の彼女 」
「もしかして まゆみの事か?.....てか なんで香織が知ってんだよ 」
「まゆみちゃんなの?おかあさんがのんちゃんって.....」
「お袋かぁ よく覚えてたなぁ。のんちゃんって昔は確かに呼んでたな。
苗字が 野田っていうもんだからのんちゃん。もう子供が三人いるよ。
早くに結婚したからなぁ あいつ。近所に住んでた幼馴染ってやつだな 」
「そうなんだぁ。ふふ そっかぁー」
「で?それがどうかしたのか?」
「ううん なんでもないよ。」

結局 その部屋ではなかなか眠れなくって 二人でずっと話して
いつの間にか夜が明けてきたから ホテルを出て家に帰ることにした。

「香織 寝てていいぞ。着いたら起こしてやるから。」
「でも ノブさん寝てないから起きてる 」
「無理しなくていいから。寝てろ」

起きてる宣言をしてから少しして 車の気持ちいい揺れに負けてしまった私。

「香織......着いたぞ。うちで寝ろ 」
「う.....ん ノブさんも.....一緒に寝よ 」

それから家に帰って 二人でこれでもかっていうくらいに眠った。
なんだかんだの旅行だったけど こんなのも案外悪くない。

そして.......

私はずっと夢を見てた。

私の大好きな ノブさんの夢..................






《ぼくのゆめ》

ぼくは おかあさんみたいなやさしい人とけっこんします。
おかあさんは しんこんりょこうに行ったことがありません。
だから ぼくとおよめさんとおかあさんでいっしょにいこうねってやくそくしました。

                  《あきやま のぶゆき》







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