「香織 ちょっと事務所に行ってくる。忘れ物あったから 」
「私も 一緒に行こうかな?」


   僕の夢   2


遅いランチを食べ終わって ノブさんにコーヒーを出した後
キッチンで片づけをしていた私は ちょっと待ってて とノブさんを引き止めた。


「すぐに帰るから 香織はゆっくりTVでも見てな。」
「.....え....ほんとにすぐ?どれくらい?」
「そんな遅くならないから。ひとつ仕事思い出しただけ 」
「ん わかった.....じゃ待ってるね 」


一人になった私は 台所を片付けた後 自分のコーヒーを入れて
それを飲みながら言われたとおり TVをつけてみた。

平日の午後って 昔のドラマの再放送とかやってて
いつの間にか それに嵌ってしまって......
気がついたら 結構な時間が経ってた。


ノブさん 遅いな.....


すぐに帰るって言ったのに 連絡もないままもう二時間ぐらい経ってる。
やっぱり急ぎの仕事が残ってたのかもしれない。
それなら邪魔をしてはいけないと思い 私は夕食の買い物に出ることにした。

お昼が遅かったので 正直あまりお腹は空いてない。
きっと ノブさんも同じだろうし.....
何か軽いものでも作ろうと スーパーの中をぐるぐる回った。
悩んだ挙句買ったものは お豆腐とお揚げさんだけ。
色々考えて 今日は おにぎりとお味噌汁くらいがいいかなって思って。

きっともうノブさんも帰ってきてるだろうと思ってたのに 家の中には誰もいなくて.....
買い物に行く前にノブさんにメールだけはしといたんだけど
.......その返事すら 返ってこないし。

電話してみようかなって思ったけど 仕事中のノブさんを困らせたくない。

とりあえずもうちょっと待ってみようと思い直して
早速 夕飯作りに取り掛かった。



炊飯器のご飯が炊き上がるのを待ってる間に.....
まずは だしをとってから お豆腐とお揚げさんのお味噌汁。
それから だし巻きの卵焼きにねぎをたっぷり忍ばせて
あとは ちょっと手抜きだけど 温めるだけのミートボール。
それから......
お母さんが持たせてくれた糠に漬けたきゅうりがちょうどいい頃だ。
糠床を混ぜてると お母さんを思い出した。

「旅行の間は冷蔵庫に入れて行きなさい。帰ったらすぐに混ぜてね。」

......そんなこと言ってたっけ。

それを冷蔵庫にしまって きゅうりを切った時 ちょうどご飯が炊き上がった。
おにぎりの中身は 昆布とたらこがあったから.......
握りながら 今度はお義母さんのことを思い出してた。
やっぱり 今回の旅行に連れて行くことはできなかったけど
いつか 絶対に一緒に行ける機会があるだろう。
これ以上 私が無理に言ってもお義母さんが困るだろうし。


そんな事を考えてるうちに おにぎりも出来上がってしまった。
だけど ノブさんからの連絡はない。

.....何かあったのかなぁ。でも仕事してると時計も見なくなる人だし。



テーブルに並んだ晩御飯を眺めながら ふとあることに気がついた。
これって お弁当メニューじゃん。
あんた いい所に気がついたねぇと 自分で自分を褒めながら
ちょっと大き目の入れ物に 出来上がったばかりのおにぎりとおかずを詰めて
お味噌汁は ちょっと無理だったけど......


それを持って ノブさんのいる事務所に向かった。
何の連絡もしてなかったから 驚くかなぁ。
マンションからそう遠くないから 歩いたってすぐに着いてしまう。
ほんと言うと ちょっとだけ心配だった。
もしかして 仕事じゃなかったらどうしようって......
ノブさんの事は信じてる。嘘ついたりはしないって。

だけど......色々あったから.....




事務所の窓を見上げると そこには明かりがついてて
ノブさんがそこにいるって分かった途端 嬉しくて小走りになってた。





「......ノーブさん?まだ かかりそう?」
「え?......香織?.....って今何時?」
「もうすぐ8時だよ。もうっ すぐ帰るって言ったのにぃっ」
「もうそんな時間か。ごめんな 没頭してた。つい.....」
「いいよ 分かってるから。それよりお腹空いてない?」
「そういえば....小腹が空いたな。何か食いに行くか?」
「へっへー 実はね お弁当作っちゃったよー 」
「マジかよ?そりゃ 嬉しいな。じゃ 早速食うか 」
「仕事 いいの?もう少しなら待ってるけど 」
「そっか?じゃ.....そうだな。あと20分でやっつけるから 」
「うん 頑張ってね 」

一度 目をこすった後 またPCの画面の方を向いてしまったノブさんは
約束どおり きっちり20分で仕事を終わらせた。


「さぁ 食うか。本格的に腹へってきたぞ 」
「たいしたものは入ってないけど ......」
「おにぎりってのがいいよなぁ。食べやすいしさ 」
「ノブさんの嫌いな梅干しは入れてないから どれとっても大丈夫だよ 」
「さすが 俺の好みを良く知ってらっしゃる 」
「任せてよ。卵焼きはね ちょっと甘さ控えめかな 」
「考えたら...... 香織の卵焼きって初めてかもな。いっつも自慢されてたから..............」
「.....え?」
「....いや.....ていうか何で緑?」
「青のり....入り?」
「うそつけ。これネギじゃねーの?」
「あ ばれた?でもネギは少しなら食べれるでしょ 」
「ああ............香織の卵焼き ほんとに 旨いんだな..... 」

そんな寂しそうな顔しないで......

惚けた振りをしてたけど ノブさんが言いたかけたことは分かってる。
吉永さんがいつも言ってた。

私の卵焼きが大好物だって...............

ノブさんは それを聞いて俺にも食わせてくれって言ってたけど
吉永さんが駄目だって 言ったんだよね。

「それは............ ノブさんだけにしか作らないオリジナルな卵焼きだからさ 」
「......香織 」
「あは。でもさ ミートボールは温めただけでーす。
その代わり おにぎりには愛情もたっぷり握りこんどいたよん 」

ノブさんは 嬉しそうに顔を綻ばせて 二人で食べさせあいこしながら
なんだかんだで 全部 平らげた。


「どうする?もう帰れる?」
「うん でも香織のコーヒー飲んでから帰ろかな 」
「はい 了解しましたぁ 」

コーヒーを持って 仕事用の大きい椅子に座るノブさんの所へ行くと
いきなり 腕をつかまれて 彼の膝の上に乗せられた。

「きゃっ あぶないよ。ノブさ......」

いきなりのキスで言葉を遮られて 息が出来ないくらい強く抱きしめられた。

「苦しいよ ノブさん......?」
「.....ごめん....」
「ううん...大丈夫 嬉しい....」
「香織 愛してる....もう誰にも渡さないから 」
「私もだよ。ノブさんだけ愛してるから.....だから...........信じて 」

そう言って 今度は私から彼にキスをした。
不安そうな彼に 安心して欲しくて
もうどこにもいかないよって 気持ちを込めて...............

「やばい....我慢できなくなる....」

「.....いいよ.....ここで....このままで....」                                          


そんな私らしくない言葉に少し驚いた顔を見せた彼だったけど
もう一度 どちらからともなく交わしたキスを合図に
ノブさんの唇がそのまま耳元に 首筋に........
そして.....細くて長い指がスカートの裾から入ってきて..............
気がついたら自分から膝を割ってノブさんの上に乗ってた。

こんな場所で それも椅子の上で 明かりも煌々とついてる中で
交わるために必要な部分だけを曝け出して抱かれてる私。
ただ ノブさんと繋がりたいという思いだけでいっぱいになる。
何も考えられなくて もうノブさんしか見えないから...... 




帰り道 二人で手を繋いで帰った。

「ねぇ ノブさん アイスクリーム食べたいな 」
「どっか行ってパフェでも食うか?」
「そこのコンビ二のでいい。なんだか暑くって..............」
「.....どの辺りが熱いんだろうな?」
「ちょっと.....いやらしい顔しないでよね 」
「はいはい。まったく.....さっきの香織はどこにやら 」
「////// 早くっ アイス買って帰ろ。もうっ......」

家に帰るまでに溶けちゃいそうだったから 歩きながら食べた。
でも本当は 火照った体を冷やしたかったから......




家に帰って お風呂にお湯を張って ノブさんに先に入るように言った。
一緒に入ろうって誘われたけど さっきの事からかわれそうだったから
ここは 丁重にお断りさせていただいた。


お風呂からあがって冷蔵庫からビールを出して グラスを二つ用意して
リビングに行ったけど ノブさんはまたいなくて.....
今度はどこなのって見回したら 寝室のドアが開いたままになってて
そっと 覗いてみると さすがに疲れたらしいノブさんはすでに夢の中。
優しくって穏やかな寝顔に また惚れ直してしまいそう。
髪を撫ぜてみると ちょっとだけ動いたから やめた。
起こしたら可哀想だしね......

明日も時間に追われることもないし ゆっくり出掛ければいい。
一人で飲むビールはあまり美味しくなくって少し残してしまった。
それから私もベッドに入って.....すぐに眠りに落ちた。







「.....香織...朝だぞ。香織.....」
「う....ん おはよ。ノブさん 今何時?」
「もうすぐ7時。まだ眠いか?」
「ううん 大丈夫だけど.....まだ早いんじゃない?」
「ちょっと寄っていくとこあるから 少し早めに出るぞ 」
「ふーん....どこいくの?」
「行ったら分かるから。朝飯 どっか食いに行くか?」
「先に.....コーヒー飲んでから....」

目を覚ますために 朝のコーヒーは欠かせない。
いつもは私が先に起きることが多いのに 昨日も今日もノブさんに負けてる。

「どっかでモーニングでも食うか 」
「うん。そうしよ 」

車に荷物を積んでから 近くの喫茶店で朝食をとった。


「ねぇ どこに寄るの?」
「ん?すぐにわかるよ 」


再び 車に乗り込んでから ノブさんが向かった先は..............



「まさか まだ仕事が残ってるの?」
「.....ちょっと 待っててな 」

到着したのはノブさんの実家で.....
しばらく待ってたら 玄関からお義父さんとお義母さんが出てきて

「おはよ。香織さん 」
「へ?お義母さん?ど....どうしたんですか?その荷物...........」
「信之がどうしてもって.....昨日あれから電話あってね。
でも.....いいの?本当に....何だか申し訳なくって 」
「いいからほら。荷物貸せって。トランク積むから.....」

ノブさんは私の顔を見ないで お義母さんの荷物を受け取って後ろに回った。

「私は嬉しいですけど いいんですか?お義母さん 来ていただいても......」
「ごめんなさいね。でもお邪魔はしないからね 」

後ろのドアをノブさんに開けてもらって 一言 ありがとって言って
お義母さんは後部座席に乗り込んだ。
助手席の窓から その光景をポカンと眺めてた私にお義父さんが言った。

「香織さん 申し訳ないけど女房 頼みます 」
「いえ とんでもないです。私が最初に誘ったんですから。
無理言って 本当にごめんなさい。あの.....ありがとうございます 」
「気をつけて行っておいで。信之 頼んだぞ 」
「ああ じゃあな。あとはよろしく 」

横に座るノブさんは いたずらが成功した男の子みたいな顔で
私の顔を ちらっと見た後 また前を向きながら顔だけ寄せて
こっそりと私の耳元で囁いた。

「これでいいですか?姫 」

やっぱりノブさんは いつも私の願いを叶えてくれる王子様だ。

「ありがとう.......ノブさん」

ノブさんの優しさにちょっとだけ泣きそうになったけど
楽しい日の始まりに涙はいけないって思ってぐっと我慢した。

二人で後ろの座席からは見えないように手を繋いで
私たちの小さな旅が始まった.......




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