翌日 吉永さんと約束どおり食事して秋山さんも合流して飲みに行った。
私はいつもと同じように明るく振舞った。
途中で吉永さんが電話するからと言って席を立った。
きっと今日はホテルに泊まりだろうな。
秋山さんが一緒のときは大抵そうなるから。
今日が誕生日だっていったら 驚くかな?



     カフェテラス  19



「しかしお前ら長いよなぁ。もうどれくらいだ?」
「そんな...長くないよ。それよりノブさんは?彼女とうまくいってるの?」
「今それどころじゃないって香織ちゃんも知ってるはずでしょ。」
「そっか。そうだね。」

秋山さんのことはいつの間にかノブさんと呼ぶようになっていた。
最初はとっつきにくい人かと思ったけど それはただの人見知りだったようで.....
ノブさんは実は一級建築士さん。
この度独立して会社を興したそうで本人曰く.......

「今しかないでしょ 」.........だそうだ。

会社と言っても従業員もいないらしいけど......

「いつもありがとね。何だか悪くって。」
「いえいえ。その代わり奴には営業の傍らに俺の仕事も頼んでるから。」
「あはは そうなんだ。儲かるといいねー。」

そんな話をしていると吉永さんが戻ってきた。

「仲いいじゃん。お前ら。」
「きたよ。やきもち焼きが。お前昔からそうだっ......」

きっと奥さんの時からそうなんだ。慌てて黙るノブさんに笑いかけて腕を組んだ。

「そうだよ。仲いいの。私達。ね?ノブさん」
「あはは そうそう。」

からかわれて機嫌が悪くなったのか不貞腐れたまま吉永さんは座った。

「吉永さん?冗談だよ。怒ったのかな?」

ノブさんから離れて吉永さんの隣に座った。

「別に怒ってねーよ。ちょっとな.....ノブ悪い..」
「はいよ。今日もばっちりだから。」
「いや 俺 今から帰らないといけないからさ。こいつ頼むわ。」
「.....え?.....何かあったの?」
「香織ちゃん ちょっと外いいか?」

ノブさんに聞かれたくない話なの?もしかして......
店のすぐ外の人気のない路地に連れて行かれて突然抱きしめられた。

「どうしたの?」
「.....あんま ノブといちゃつくな。」
「冗談だって言ったじゃん。そんなことで呼び出したの?もうっ」

抱きしめる腕を少し緩めて 私の煩い口を塞ぐ様にキスをして おでことおでこをくっつけてから吉永さんは言った。

「ごめん。今日は帰る。」
「理由は言えないの?」
「ひめがいなくなったって騒いでるから.....」
「ひめちゃん いなくなったの?」
「窓開けてたらいなくなってたらしい。ちょっと興奮してるから。とりあえずノブと飲んでやって それから送ってもらえ。」
「ん。わかった。見つかるといいね。」
「ほんと ごめんな。」
「いいから早く帰ってあげて。」

そして帰ろうとした吉永さんはもう一度戻ってきて
やっぱりタクシーで帰れって言った。



お店の中に入ってノブさんの傍に座ると飲んでいた水割りの氷が溶けてしまっててママさんにおかわりを頼んだ。
ここのママさんは結構な年配の女性だけど いつも着物姿で髪もきちんと結ってあってとても品がある。
自棄酒はだめよって薄めの水割りを作ってくれた。
私は苦笑いで はいと返事した。

「帰ったのか?」
「ひめがね。いなくなったってさ。」
「ひめ?」
「ねこ。聞いてない?」
「いや 知らない。そんなの飼ってたか?」
「最近飼い出したの。奥さんが欲しいっていって。」
「まじかよ。あいつあんま猫好きじゃないぞ。」
「そうなの?」
「昔 野良猫からかって痛い目遭ったって言ってたからなぁ。」
「.....ふーん。」

.......嫌いな猫も奥さんのためなんだ。

「香織ちゃんさ いいのか?ずっとこのままで。」
「ていうかストレートにくるね......どうなんだろ。わかんなくって。」
「そっか。」
「うん。」
「帰るか?送っていくよ。」
「もう少し飲みたい。付き合ってくれる?実は今日私の誕生日でさ。」
「そりゃ おめでとさん。ってあいつそれ知ってて帰ったのか?」
「知らないでしょ。聞かれた事ないし私も吉永さんの知らないし。だからもう少しだけ付き合って。ね?」
「酔うなよ。介抱したら後が煩いから。」
「大丈夫。私 お酒強いから。」
「で いくつになるんだっけ?」
「24だっけか。そういえば去年も色々あって年取るの忘れてたよ。ふふ」
「まだ若いなぁ。」
「まあね。ノブさんよりはね。」

「私も混ぜてもらっていい?」

ママさんが話しかけてきたので どうぞと言って微笑んだ。
私が言うのもなんだけどと前置きをしてから 静かに水割りを飲みながら続けた。

「彼さ きっと香織ちゃんの事 本気で好きなんだと思う。見てるだけでわかるもの。
でもそれは.....奥さんの事が嫌いって事じゃないのよね。だから難しいんだけど。
意外と一番辛いのは どっちにも決められない彼なのかもね。
......とはいえ男はずるい生き物だから。ね?秋山さん」
「俺に振りますか?そこで」

二人が笑ったので私もつられて笑ったけどママさんの言葉は結構堪えた。
私と付き合うことで彼も苦しんでるかもしれない。
つかなくていい嘘もつかなくてはいけなくなる。
なつみさんの事も思い出していた。きっとオーナーだってなつみさんの事
本気だったに違いない。




それから暫く付き合ってもらって秋山さんに送って貰った。
ちょっと吉永さんに反抗してみたかったから。
秋山さんはあまり考えるなよって言って帰って行った。
玄関を開けようとしてバッグの中の鍵を探ってると足に何かが当たった。
何?私はしゃがんでみた。そしたら.......
ドアの前に小さな鉢植えが置いてあった。
これ.....何?誰か置いていったの?
玄関を開けて灯りをつけてよく見てみると中にちいさなカードが無造作に入っていた。

『 HAPPY BIRTHDAY FOR  KAORI 』

見たことのないようなあるような筆跡でそう書いてあった。
一体誰だろう。でも見た感じ怪しい物もついてなさそう。それに.....

この花 私の好きな ブルースター......

蒼い花びらがお星様の形になっててとっても可愛いんだよね。
私の誕生日を知ってる人ってそんなにはいないから送り主は絞られるけど
まさか.....ね。もうとっくに終わってるし。

私は鉢植えを持ち上げて部屋の中に入ってテーブルの上に置いてお水をあげた。
やっぱり可愛いなって眺めてたら 送り主のことなんてどうでも良くなって考えるのをやめた。
何処の誰だかわからないけれど私の誕生日を祝ってくれて私を癒してくれる
このブルースターに感謝してゆっくりと眠った......。




次の日やっぱりひめちゃんの事気になって吉永さんに聞いてみたけど
帰ったらもう先にひめちゃんはご帰宅なさってたそうで....安心した。
でもその反面もしかしたら奥さんの狂言かもしれないという猜疑心もあった。
あえて何も言わなかったけど.....





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