「.....ね..携帯鳴ってるよ...」
「ほっとけ。」
「出てよ。なんか急用かもしれないじゃん。」
「......ここでか?」


      カフェテラス  18


「それしかないでしょ。とにかく早く出て。」

吉永さんは上半身裸のまま携帯をとって番号確認して
「耳 塞いでろ 」....って事はきっと奥さんだね。
私は暑いけど布団の中に潜り込んだ。
残念ながらうちは1DKの造り。狭いお陰で全て聞こえてくる。
別に盗み聞きしてる訳じゃないんだけど......
やっぱとりあえず 耳は塞いでおこう。

ベッドの中でじっとしていたら 急に彼が潜り込んできて吃驚した。

「きゃっ......」
「んな 驚くかよ。」
「....終わったの?」
「うん。こっちはまだだけど......」
「ちょっ.....待った。何だって?奥さん」
「大したことない。」

そう言いながら顔が近づいてきたから押し返してみた。

「.....その手をどけなさい。」
「だめ。何かあったの?」
「........ねこ」
「はい?」
「猫飼いたいから帰ってからペットショップ連れて行けって。何で急に そんな事言い出したんだか..........」

私の横にゴロリと寝て上を向きながら溜息をついてる。


「.....帰ってあげて 」

「すぐには帰れないって言っといたから。」
「いいから....今日は帰って。一緒に猫 見に行ってあげなよ。」
「.......怒ったのか?」
「違うよ。私奥さんの気持ち.....何となくわかるからさ。」
「何でお前がわかろうとすんだよ。」
「......男の人にはきっとわからないよ。」
「意味不明だな.........」
「とにかく今日はさっさと帰りましょう。」

暫くはぶつくさ言ってたけど 何とか帰らせた。


私は昨日の奥さんの顔を思い浮かべた。
そしてママさんの言葉も..........
淋しいのは私だけじゃないんだ。ずっと一人で家で彼を待ってる奥さんだって淋しいはず。
猫を飼いたいのはたぶん......

どうしたらいいんだろう。私は.......





吉永さんはあれからたまに日曜の昼間もふらっとやってくる。
どうやら猫のお陰らしい。奥さんが夢中なんだそうだ。
お陰で私は日曜日も出掛けられなくなってる。
どうしても待ってしまうから............


「猫に奥さん取られちゃった?」
「助かるよ。あいつのお陰で。」
「名前 何ていうの?」
「それがさ........これ言うと怒られそうだな。」
「気になる言い方しないで さっさと言いなさい。」
「俺 一回失敗しちゃって。」
「は?」
「寝言....香織って言ったらしい。嫁が言ってた。」
「えー 嘘でしょ。勘弁してよ。」
「ずっと前だぞ。付き合いだした頃。それに上手く誤魔化したから大丈夫。」

上手くって 一体どうやって誤魔化したんだか.............

「もう忘れてると思ったんだけどな。
猫の名前考えてって言われて どうでもいいからタマでいいんじゃねって言ったら....吃驚したぞ」
「まさか......かおり....じゃないよね。」
「カオちゃんてどう?って笑って言いやがった。」
「ちょっとー どうするんだよ。嫌だよ 私」
「分かってるって。だから真剣に考えてやったよ。」
「はーっ.....で 結局何になったの?」
「ひめ」
「可愛いじゃん。ひめちゃんか。」
「俺がつけた訳じゃないけどな。なんだかんだ自分で決めてんだから。」

二人で一緒に考えたかったんだよって言おうとして.......やめた。
奥さんはきっと女の子が欲しいんだろうなってちょっと思った。
好きな人の子供ならどちらでも構わないもんなんだろうけど。

「そんな事よりも飯食いに行くぞ。支度しろ。」
「.....だめだよ。今日日曜だよ。こんな昼間に....」
「大丈夫だって。そうそう知り合いに会ったりしないだろうしさ。」
「......でももし見られたら」
「そんなに怯えるなって。」

そう言われたけど中々支度しないで座ってる私。
彼は痺れを切らしたのか お腹が空いてるのかわからないけど.........

「わかったよ。じゃ 何か作って。腹減った。」
「うん。じゃ....パスタでいい?」
「おう。」

私は台所に立ってパスタを作り始めた。
湯気の立つ鍋の前で グルグルかき混ぜながら考えていた。

こうして会えても明るい所には出て行けない。
考えすぎかもしれないけど 昼間二人で外に出るのが怖い。
少し前まではそんなこと考えたこともなかったのに....
お日様は意地悪で 夜の闇のように私たちを隠すことはしない。



「お待たせ。お腹すいたー。さ 食べよ。」
「うまそうだな。」
「うまそうじゃなくてうまいの。」
「なんたって愛情がてんこ盛りってか。」
「きっと溢れてると思うよ。食べきれないかもよ。」
「全部食ってみせましょう。」

そんな馬鹿なカップルみたいな会話を交わしながら食事して
その間だけは何も考えなくなる。こんな他愛もないことが幸せ..........


夕方になって彼が帰る前に言った。明日の夜は飯食って飲みに行こうなって。
夜ならいいよって答えた。そしたらそんな顔すんなって言ってた。
どんな顔してたんだろう私.....
そして彼は奥さんの所に帰っていった。

車を見送って部屋に戻ると携帯が鳴っていたから急いでとった。

「もしもし」
「.......」
「もしもし?」
「.......」

またいたずら電話?

「どちら様ですか?」

そう言った途端に切れてしまった。

......また公衆電話から。

誰?この番号知ってる人そんなにいないし間違いなら何か言うはずだよね。
.....もしかしたら.......

背筋が寒くなっていく。ありえない事じゃない。
番号だって 発信履歴から見たらわかるはず。
さっきの吉永さんの話を思い出した。香織って寝言聞かれたって.....
だけどまさか私の名前を登録してあるとは思えない。
いくらなんでもそれはないと思う。
それに奥さんは私の名前なんて知らないはず。
だってお店に来た時も吉永さんは私の事名前で呼んだりしてなかった....と思う。
落ち着いて お店に来た時の事思い出すんだ。
吉永さんはずっと私を見ないで雑誌読んでて奥さんとママさんだけが話してて
............!
あの時........ママさんが私に話振ってきた時.....もしかしたら香織って言ったかも。
どうしよう。ばれてるかもしれない。
前の夜中の電話も奥さんだと仮定すれば合点がいく。
吉永さんが先に寝てしまったって言ってたもん。

私はパニックになってしまった。

それでも何とか落ち着こうとして自分に言い聞かせた。
違うかもしれない。ただのいたずら電話なのかもしれないし。
奥さんに会った時だって 奥さん私と普通に喋ってたもん。
もし少しでも疑ってるなら 何か私に言うはず。
きっと違う。いたずらに決まってる。

その時家の電話が鳴った。
その音で我に返り 恐る恐る受話器をとった。


「.....もしもし?......え?お父さん?吃驚した。いや急にかけてくるから。
......うん。元気....え?そうなんだ。大丈夫なの?......」

それから結構長い時間お父さんと話した。久しぶりだった。
お母さんが自転車で転んで 足を少し縫ったらしい。でも大丈夫だから心配するなって言われた。
ご飯を作るのが面倒だって言ってた。いつもお母さんに頼ってばかりだからだよ。
お母さんはお父さんのご飯をまずいと言いながら平らげるそうで......
お母さんらしいなと安心した。
それとすっかり忘れていたけど 明日は私の誕生日だった。
そういえば吉永さんと誕生日の話すらしたこと無かった。あんなに一緒にいたのに。
何だか考えたら可笑しくなった。お父さんはおめでとうって言ってくれた。
電車で帰ればほんの3時間足らずの距離にいるのに ちっとも帰ろうとしない私。
最初の就職のとき通おうと思えば通えたのに
どうしても一人暮らしがしてみたいといった私の我侭を聞いてくれた。

娘がこんな恋愛している事知ったら 親は泣くんだろうか......


電話を切るころにはもうだいぶ落ち着いていた。
お父さんからのタイミングのいい電話に感謝した。

とりあえず相手のわからない電話には もう出ない事にしよう。
今度吉永さんに会った時に相談してみようとも思ったけどやめた。
もし言えば吉永さんまで奥さんを疑ってしまう。違ったら奥さんが気の毒だから。
何の証拠もないのに騒いではいけないと 自分を戒めた.......







           menu        next          back
 



inserted by FC2 system