なつみさんの家はここから近くなので歩きで来ていたらしい。
二人でなつみさんの家に車を取りに行った。
それからオーナーの家に向かったけどなつみさんも行ったことがないらしくって
当然といえば当然なんだけど.............



カフェテラス  14


「なつみさんさ 行くのは構わないけど行ってどうするの?」

ついては来たもののやっぱり心配になってしまって運転しているなつみさんの
顔を見ることなく前を向いたまま話しかけた。

「......だって 私のせいで揉めてるんだから。私が行って話したらわかってくれるかもしれないし.....」
「でも......」
「大丈夫。罵られても蹴られても覚悟はできてるから 」

前だけを向いて 自分に言い聞かせるようにそう呟いたなつみさん.......... 
ここで私が言えることなど何もない気がした。



だいたいこの辺だという所の近くに公園があったので
傍に車を路駐して歩いて探すことにした。
表札を一軒一軒見ていく。暗いからとても見えにくくて
でも なつみさんが真剣に探してるから 私も一生懸命に探して回った。

このまま見つからなければ良かったのに......

あるアパートの前でなつみさんが止まった。表札をじっと見てる。
まさかアパート暮らしとは思ってなかったから もしかしたら違うかもしれないよって言ったんだけど
なつみさんは何も言わないまま その部屋の前まで行ってしまった。
まるで何かに取り憑かれたように.......
私も急いで後を追った。

そこは私の部屋よりはきっとましだけど それでもお世辞でも立派な建物とはいえなくて
中から微かに 女性の声が聞こえてきた。



「パパー 二人共お風呂入れてねー」
「おう。ほら風呂入るぞ。」
「えー まだいい。もうすぐこの番組終わるからぁ 」
「パパー 聞こえてるー?!」
「ほら。ママに叱られるから早くしろって 」



そんな家族の些細なやりとりが 私達の耳に容赦なく響いてくる。


........なつみさん.......


「なつみさん 行こ....ね 」

「.............」

「なつみさ......っ!」

見るとなつみさんの手はインターホンの上にあった。


ピンポーン


「 はーい 」

中から返事が聞こえる。
早くなつみさんをつれて行かなきゃ............
私はなつみさんの腕を引っ張ったけどなつみさんは動かなかった。

「どちらさまですか?」

暫くの間扉も開かず でもなつみさんも微動だにしなかった。

ガチャ

「あの....どなたですか?」

中から女性が姿を現した。どうしたらいいんだろう.....

「.....もしかしてお店の方ですか?」

その女性が私達の返事を促すようにそう言った。

「あの....はい。こんばんは。すみません 店の鍵 私がまだ持ったままだったので お返ししようと思って.....。」

私は咄嗟に大嘘をついた。

「ああ。そうでしたか。今 主人丁度お風呂に入ってしまって もし良かったら預かりましょうか?」
「いえ 大事なものなのでまた今度お会いして直接渡したいので.....すみません。じゃ 失礼します。」

私はさっきよりも強くなつみさんの腕を引っ張ったけど
もうなつみさんには抵抗する力なんて...............残ってなかった。

早くその場から離れたくて急いで公園の方へ向かっていると
後ろから私達を呼ぶ声がした。

「あの ちょっと待ってください!」

嘘.....どうしよう 何か気づかれた?

無視する訳にもいかず私はなつみさんの腕をつかんだまま立ち止まった。


「うちの主人の勝手で 本当にごめんなさい。」
「え?......」
「.....借金背負って始めたお店なんですよ。どうしても夢だったみたいで。でもこういう結果になってしまって......」
「あ....の...」
「私も手伝えればよかったのかもしれないけど主人がだめだっていうから。それに丁度.......」

そう言いながらその女性はお腹にそっと手をやった。

「だからこれを機に店は諦めるってそう言ってくれて......皆さんには申し訳なかったので一言お侘びしたかったの。」

彼女はそれだけだからと頭を下げながらゆっくりと今来た道を戻っていった。


何も反応の無いなつみさんの手を再び引いて二人で夜道を歩いて車まで戻った。

「なつみさん 車 着いたよ。」

何も話さない。でも泣いてる訳でもない。
私はなつみさんのポケットを探って車のキーを取り出した。
この車 オートマだったから 多分運転できる。
何年ぶりかな。ハンドル持つの。
とにかくこの場所から少しでも遠ざかりたかった。
なつみさんの為でもあったけど なにより私自身が耐えられなかったから......

「......私が動かすから。なつみさん乗って ね」

なつみさんを助手席に促してから私は車のエンジンをかけた。
どこに行こうか。この辺の道 正直あまり知らないや。
普段 運転をしない私にはそっちの不安の方が勝ってて 
でも隣のなつみさんを見て どこでもいいやと車を出した。


知らない夜の道をただ何となく走らせてると灯台の明かりが見えた。
この辺りは海に囲まれているのでちょっと走ればどこかの海岸に着く。

冬の夜の海は私たちの気持ちとは裏腹にその日はとても凪いでいた。
私の大好きな夜の海はなつみさんの心を癒してくれるかもしれない。
そう思って私はそこに車を止めてサイドブレーキを引いた。
少し窓を開けると凍りつきそうな程寒くて........

何も言ってくれないなつみさんと何も話しかけることができないでいる私。
ただじっと暗闇の中で二人で押し黙っていた。



「どこまでがほんとでどこからが嘘だったのかな。」

最初に口を開いたのはなつみさんで私は答えを返すことはできなくて

「やっぱり綺麗な人だったね。それに優しそうだしさ。それに.....」

「なつみさんの方が綺麗だよ。なつみさんの方が優しいし。」

私は乾いてくっついていた喉を無理やり剥がして言葉を吐き出した。
お陰で変な声になってしまって なつみさんはちょっとだけ.......笑った。

「ゆかちゃん ごめんね。付き合わせてしまって 」
「いいよ。そんなの。気にしないで.......」
「お正月に旅行予約してたのにな。キャンセルしなくちゃ....
あ その前にクリスマスディナーもあったか。あれもドタキャンだなー。ふふ」
「なつみさん......」
「終わっちゃった。ある意味すっきりした。」
「でも.....まだはっきりとはしてないじゃん。」
「もう終わりにする。私から終わらせるの。じゃないと健吾も.....いつまでも苦しい思いするだけだからさ。」
「いいの?それで.....」
「健吾さ 私の事を好きになってくれたのはほんとだと思うんだよね。
嘘もいっぱいつかせたみたいだけどそれも私の事が好きだったからだよね。」
「うん そうだと思うよ。」
「だから もういい。それだけで十分だから......」
「なつみさん......」
「ゆかちゃんには嫌な思いさせたかもしれないよね。悪かったね 」
「......泣いてもいいのに 」
「え?」
「私しかいないからいっぱい泣いていいよ。」
「.....そういうゆかちゃんが先に泣いてるじゃん。」

そういって私の目に手をやって笑っていたなつみさんと二人で泣いた。
いっぱいいっぱい......泣いた。

「.....ゆかちゃん ありがとね。ゆかちゃんは.....頑張ってね 」

なつみさんはひとしきり泣いた後 私にそう言って
でもそれ以上は何も言わなかった。
私には返事が出来なかったから。

それから急に飲みに行こうかって言い出したなつみさんと一緒に
いつも奢ってくれていたお兄さんのお店に行く事にした。
きっと酔い潰れるからってなつみさんが言うから車は一旦家に戻した。
二人とも相当に不細工なので なつみさんの家でメークもしなおして。
やっぱりなつみさん綺麗だよっていったら 化けてるだけだよって笑ってくれた。

お兄さん達の巧みな話術のお陰でさっきまで泣きまくっていた私達は何も無かったように笑っていた。
さすがホストさんは扱いが上手いって感じ。


途中お手洗いに立って戻ったらなつみさんの姿がなくて

「あれ?なつみさん.....」
「あーなつみちゃんさ ちょっと抜けた。」
「えー?どこにさ」
「ゆかちゃんさ 取り敢えず座りなって。」
キョトキョト見回してた私にお兄さんが言った。
「何があったか聞かないけどさ。俺らもこの商売長いじゃん。
お前ら見てたら何となく分かるんだよね。だから今日は黙っててやって。」
「......言ってることがよくわからないんだけど。」
「同じ女同士で 慰められる部分とそうじゃない部分があるって事かな。分かる?」

まさか.....なつみさんがそんな事する訳.....

そういえばさっきなつみさんと盛り上がっていたお兄さんも......いない。

「ケンジと二人で抜けたから。今日は戻らないだろな。」

ケンジ.....か。なつみさん....今日は戻らないね。
でも次に会う時にはきっといつものように笑って
 ”頑張れ ”って言ってくれるよね。



私はそれからすぐタクシーを呼んでもらって一人で帰った。
自分の無力さにちょっと泣けてしまいタクシーの窓に顔をつけて運転手さんには見えないように隠れてまた......泣いた。








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