街の景色が夏から秋へと変わろうとしてた そんな とある秋の日................

 

香織と二人でいろいろ相談しながら設計した俺たちの家が出来上がった。

少し時間はかかったけどようやく完成した我が家に 俺も香織も もちろん二人の子供たちも満足してる。

今日はみんなも手伝ってくれてなんとか引越しも終わりに近づいて ほっとひと息つける.......はずだった。

 


それなのに なんでなんだ?

なんでこんなに騒がしいんだ?



     My Sweet home         (前編)



「香織 コーヒー......」

 

声を掛けては見たけど返事は......ない。

どうやら俺の声は香織の耳には届いてないらしい。

 

女性陣が子供部屋に集まって円陣らしきものを組み わいわいと....いや ざわざわとなにやら騒いでる。
子供たちは 相変わらずえみちゃんに纏わりついてて 彼女はかなり.....ボロボロだな。
実に気の毒だとは思うが 彼女たちの中ではすでにそれぞれの役割分担が決まってるんだろう。

 


「ノブ こっちもうすぐ終わるぞ。.....ん? なんだ ありゃ 」
「さぁな.....だけど近づかない方が賢明なような気もする 」
「ほっとけや。みんなの分 なんか飲み物 買ってくるわ 」
「ああ 悪いな。達也 」

 


家具など大きなものは 俺と達也 あと親父に手伝ってもらって運び入れた。
途中で香織の親父さんまで来たのには驚いたけど お陰で思ったよりもスムーズに終わらせることができた。
香織たちは部屋の中を片付けるって言ってたんだけど
見た感じ あまり捗ってはいないようで.....

 


「おーい 香織 荷物 全部入れたぞ」
「え.....あ ノブさん お疲れさま」
「ああ。それよりなんだ?この騒ぎは.....」

 


何とか香織を引っ張り出した俺は 事の真相を確かめようとしたんだけど
その前に俺の嫁は なんと義理の父親によって連れて行かれてしまった。


「秋山さん ちょっとすいません。こら 香織!こっちこい」
「なに?お父さん。痛いってば もうっ」


何事かと思い心配してこっそりとその後ろをつけていったら
出来上がったばかりの真新しいテラスの隅っこで 父親に叱られてる香織がいた。
親父さんが何を言ってるのかはよく聞こえなかったけど
香織のシュンとした顔を見れば かなり厳しく言われたであろうことは見て取れた。
しばらくは 見守ってたけど...... 案の定 香織の鼻声が聞こえてきた。

 

そろそろ助け舟を.....と思ったその時

 

 


「じいじ!。ママ泣かしちゃーだめ 」

 

 

 

またもや先を越されてしまったようで それも自分の息子が義父の足を蹴り上げてる。
これはやっぱり いくらなんでもまずいよな.....


「タク 何してる。やめなさい」


慌てて出て行ってタクを親父さんから引き離した。
親父さんはちょっとバツが悪そうな表情で それでもやはり孫が可愛いのかタクを叱ったりはしないようだ。

 

「パパ あのね じいじがね......」
「わかったから あっち行ってろ。ほら えみちゃんが遊ぼうって言ってたぞ 」


えみちゃんという言葉に反応したのか タクは泣いてるママを置き去りにしてさっさっと行ってしまった。
やっぱり 所詮は子供ってことだ。それよりあとでえみちゃんに文句言われるな....俺。

 

「親父さん お話中すいません。ちょっと香織 いいですか?」
「ああ すいません。本当に申し訳ない。この子が秋山さんに恥をかかせてしまって...」
「え?いや...ぜんぜん そんなことないですから」


「....ノブさん ごめんなさい...」
「香織?どうした....何かあったか?」


親父さんは何も言わずに その場をタイミングよく立ち去ってくれた。
周りに誰もいないことを確認してから香織の顔を覗き込んで
またべそをかきだした彼女を落ち着かせるために 軽くキスを.....
香織は 誰かくるよって言いながらずるずると後ずさりした。

そんな避けなくてもいいだろうに.....

 

「それで 親父さん なんだって?」
「.....せっかく みんなが手伝ってくれたのに何してるんだって.....怒られたよぉ.....うぇっ...」

 

なるほどね.....

 

「タクとモカに笑われるから....もう泣くなって 」
「だってぇー お父さん すっごく怒ってるんもん 」
「大丈夫だって.....俺がちゃんと言ってやるから」
「ノブさんが?....なんて言うの?」
「...........」

 

その素朴な問いかけに なんて答えようかと悩んでしまった。

“ 俺がいいんだからいいだろ” あるいは “ うちの嫁さんを泣かさないで下さい ”とか..........?

いや.....さすがに 嫁さんの父親に楯突くなんてことはできない。
でもこれじゃ香織の立場ってもんもないだろうし.....

 

ぶつぶつ言ってる俺をじっと見てた香織は 鼻水垂らしながらいつの間にか......笑ってた。

 

「泣いたり笑ったり.....ほんっと忙しいやつだな お前は」
「だって ノブさんの顔 おかしいもん。あはは」
「だからー 泣くか笑うかどっちかにしなさい。すっごい顔だぞ 」
「.....じゃ 笑う」
「それがいい。ぜひそうしてくれたまえ」

 

顔を洗ってくると言って 洗面所に行った香織をまた追いかけた。

まるで 金魚のフンだな....

 

「うわー やっぱり新しいって気持ちいいね 」

 

顔を洗ってこっちを振り向いたすっぴんの彼女の笑顔が眩しくて......

幸せの何たるかを彼女のお陰で毎日実感させてもらってる俺は実に恵まれた男だ。


「あ ノブさん お蕎麦 お義母さんが作ってくれてるって。もうすぐ届くからね 」
「そっか。じゃ みんなにはリビングで休んでてもらうから」
「うん。私 ちょっとお化粧してくる。さすがにこれじゃね。あ!コーヒーも淹れなきゃ  」
「それならさっき 達也が買いに出たから大丈夫」
「そうなの?」
「お前たち 忙しそうだったから.....っていうかそれ聞きたかったんだよ 何 騒いでたんだ?」
「あぁ それがね そのぉ......」

 

ちょうどその時 タイミング悪く俺の背後から声がした。

 

「ノブ.....飲み物 買って来たぞ 」
「おお サンキュ。 達也 悪いけどみんなリビングに集めてくれるか。蕎麦がくるんだってさ」
「了解。なんだ?香織ちゃん どうかしたのか?」

 

やばい.....


香織のこんな可愛いすっぴん顔をこいつには..... いや他の男どもには絶対に見せたくない。
もっとも 悔しいことにこいつは 過去の事とはいえそれを見たことがある。
あ....でも今はそんなこと言ってる場合じゃないな。
とにかくさっさと達也を向こうにやらなくては..........

 

「いや なんでもない。香織 早く行って来い 」
「....はい」


素直に返事をしてからすぐに二階へと足を向けた香織。
さすがは俺の嫁さんだ。
俺の気持ちが伝わったに違いない。


「もう荷物もだいたい終わったろ。達也も一服してくれ 」
「あ?....あぁ わかった。あのさ 煙草吸いたいんだけど....」
「それならリビングで......」


俺がそう言いかけた時 階段を上りかけた香織がまた戻ってきて達也を指差した。


「あー 吉永さん!煙草やめたって那美さん言ってたよぉー。もしかして嘘ついてるの?」
「子供の前では吸ってないぞ。外でぐらい吸わせてくれよ。あ でも那美には内緒な 」
「もう しょうがないなぁー。今回は黙っててあげる。今日のお手伝いのお礼だよぉ?」
「サンキュ」

 

おいおい?なんでそんなに和気藹々としてられるんだ?
さすがにもうやきもちなんて妬きゃしないけど それでも少しはやっぱり気になるんだぞ。
それにしても何年も会ってなかったはずなのに とてもそうは思えないよなぁ....

 

「おい香織 早くしないと蕎麦くるぞ。みんなも忙しいんだからさ」
「あ.....ごめん。すぐ お化粧して降りてくるね」


パタパタとスリッパを鳴らしながら 階段を駆け上がっていく彼女。
俺が少しイライラしてしまったことに気が付いただろうか。


「達也 じゃ外 行こうか。俺も一服したいしさ」
「あぁ そうだな。ほれ」


達也が低めに投げた缶コーヒーをキャッチして二人でテラスから外へ出た。
煙草を持って出てなかった俺は 達也に一本もらってライターに顔を寄せ合って火をつけた。


ちなみに俺は禁煙なんて考えたことも無くて 一応タクとモカの前では極力 吸わないようにしてるけど
子供ができたからという理由で 煙草をやめなくちゃいけないなんて思いもしなかった。
そういう意味では達也を尊敬するし それを実行させてる那美もさすがだと思う。
うちの香織は 俺の健康を気にしてか あまり吸いすぎないでねっていつも優しく言ってくれる。
たぶん周りの人間がみんなスモーカーだからあまり抵抗を感じないんだろうけどな。

 


「しかし....あれだな。こうしてると学生時代を思い出すっていうか....」
「そうだな。先にノブが吸い出してさ。俺 最初はもらい煙草してたんだっけか?」
「お前も歳とったもんだよなぁ。もういくつだ?」
「あほか。同級だろが 覚えとけ」
「そっか。お前のが老けて見えるから時々忘れるんだよな」
「言ってろ」

 


口と鼻から同時に煙を吐き出しながら笑う達也は やっぱり憎めない奴だと思う。
今は子供のことも可愛がってるみたいだし 今のところ悪い癖も出てないらしい。
いい意味で マイホームパパって匂いがぷんぷんする。
それにやっぱり俺と同じで娘って奴にはかなり.....弱い。

きっとどこの親父も同じだろうけど 娘ってのは可愛い分 厄介な生き物で
それを思うと さっきの香織の親父さんの行動も少しは合点がいく。
もし将来 モカが嫁ぎ先で同じ事をしたらきっと俺も叱ってるかもしれない。


「ところで明日香は?実家に預けたのか?」
「あぁ....那美の方のな。孫ができた途端 手の平返したようになってよぉ。
俺にも よかったらあがっていきなさいとかって言うぐらいだからな。すごいよ 孫ってのは 」
「いいことじゃないか。向こうの親とも仲良くしといた方がいいと思うぞ 」
「まぁな.....ただ最近 那美がちょっとな.....」
「那美 どうかしたのか?」
「いや..... ただ強くなったなって思ってよ。子供の力って恐ろしいな」


そう言って苦笑いする達也だったけど そういうこいつだって十分変わったと思う。
あのころ 毎晩のように夜の街を飲み歩いてた人間とはとても思えない。
たまに一緒に飲みに行っても早い時間に家へと帰っていく。
昔の達也を知ってるだけに その違いは歴然としたものだ。

 

 

 

「ノブさーん お蕎麦だよー」
「おぉ 今行く」


香織の呼ぶ声に二人とも缶コーヒーを飲み干してから吸殻をその中に捨てた。
向こうから香織が 今度はサンダルをパタパタいわせながら駆けて来るのが見えた。

 

「ノブさん めっちゃ美味しそうだよぉー。さすがノブさんのおかあさん 気が利くー」
「そっか そりゃ助かったな 」
「今はちび二人がおかあさんを独占してる。ふふ やっとえみちゃんが開放されたって感じかな」

 

香織は俺の腕を掴んでぶらぶらさせて甘えてるけど 達也の前だってこと忘れてないか?
俺は正直 達也と違って人前でベタベタするのは好きな方じゃない。
だけどそれは香織と付き合う前までの話で 最近はそんなに気にもならなくなった。
きっと他人から見ればただのバカップルにしか見えないだろうけど それはそれで.....悪くない。
ましてやそれがこいつの前だと思うと 昔の仕返しとばかりに調子に乗ってしまう俺。
そういう意味では 大人気ないというか 人間が小さいのかもしれない。

 

「お前らさ..... マジでやばくねぇか?」
「何が?」
「歳 いくつだよ。みっともないぞ いい年して」
「お前にだけは言われたくない」
「好きにしろ。さ 蕎麦食ったら帰って寝るかな」

 

達也はそう言いながら 本当はこの光景が羨ましくて仕方ないんだと思う。
那美は子供を産んでから本当に逞しくなってしまった。
達也だけを見てた昔の一途な彼女は もうどこにもいない。
母は強しとは後世に残る名言だとつくづくそう思う。
うちの香織だって そういう意味ではかなり成長したはずだ。
泣き虫は.....確かに治ってないけど それでも俺から見ればいい母親をやってくれてるし
何より 俺にとっては最高の妻だし 永遠の恋人ってとこかな。

 


「香織」
「ん?なあに?ノブさん」
「......いや...... なんでもない」
「変なのー」

 

名前を呼べばすぐそこに香織がいて そして笑顔で俺に振り返る。
ただそれだけのことでさえ幸せを感じる俺は やっぱりどこかおかしいのかもしれないな..........

 

 

 

蕎麦を食って ひと息ついたところで 香織がコーヒーを淹れてくれた。
やっぱり旨いなって 達也が小さな声で言ったのが聞こえた。
みんなに聞こえてるかどうかはわからないけど......


「そういえば ふたごちゃんは?」


達也の呟きをかき消した那美の一言で
少なくとも彼女には聞こえたんだなってそう思った。

 

「ボスさんのお母さんと一緒に二階に行ったよ。それよりさ那美さん ゆかちゃんに教えてもらったらいいじゃん」
「え?何を?」
「コーヒーの淹れ方。吉永さん ゆかちゃんの淹れたコーヒー美味しいって.....」
「あーそういえば えみ!あんた 彼氏できたんだよねー」
「あ そうだったぁ。みんなに報告しまーす。えみ 好きな人ができましたー」

 

ナイスアシストなママのお陰で 何とかその場を切り抜けた俺達。
それから えみちゃんとその彼氏の熱い話を聞かされることになる。
年老いた親父たちはさすがに場違いと判断したのか
二人で顔を見合わせた後 家の中を見て回りたいと言って どこか違う部屋へ行ってしまった。


そして....それは賢明な判断だった。

 

彼女の話は 思ったとおり.....いや思った以上に 熱かった。

 

 

 


「.....でね えみがたまにはお風呂場でしようよって言ったらね.....」
「えみ もういい。やめな」
「えー まだいっぱい話すことあるもん」
「わかったから。私が店で聞いてあげるから....」

 

彼女の操縦法を知ってるママをちょっと尊敬した。
なぜか那美が残念そうにしてるのが意外だったけど.....
もしかして 彼女の話がそんなに興味深かったのか?

 

「それよりさ お店の名前ってもう決まってるの?」
「あ....今ね 考えてるとこなんだけど」


これまた空気を読むのが上手い恵理子さんの登場だ。
こういう時には絶妙なタイミングで話題を提供してくれる。
素晴らしいコンビネーションだと 常々感心させられる。


店というのは俺が香織に贈ったプレゼントのことで
正直 これを手に入れるために俺はマジで頑張った。
すべては香織のあの愛おしい笑顔を見たいがために........

 

「そういえばさ 参考までに聞きたいんだけど まきちゃんのお店の名前 なんで “ aqua ”なの?」
「えみ 知ってる。まきちゃん 水は人間の原点だからって言ってたよね 」
「まぁね でもそんな立派なもんでもないかな。水商売だからね。だから水でaqua ?」
「そっかぁ なるほどねー 。私の場合は 何かいろいろ悩んじゃって.....」


店の名前については家を建てるのと平行してずっと考えてた。
俺としては 香織が好きな名前をつければいいと思ってる。
彼女の中では 候補がいくつかあるみたいなんだけど
それがどうにもいまひとつしっくりとこないらしく ずっと頭を悩ませてた。


「どんな感じの店にしたいの?」
「うん。二人がまだ小さいから 食事なんかは出さないで飲み物だけのお店にしようと思ってる。
あ....でも ケーキぐらいなら自分で作れる範囲で出せるかなって思ってるんだけどなぁ」
「いいじゃん。洒落た感じの店になりそうでさ」
「羨ましいなー。えみもお店 買ってくれる彼氏が良かったかも....」

 

どうやらさっきまで散々惚気られてた彼氏には買ってもらえないらしい。
簡単に買えるようなもんでもないんだぞと そんな彼氏に同情してしまう。

 

「いっそさ “ 喫茶 香織 ”ってのはどうだ?」
「それはちょっとねぇ。うちと違って飲み屋じゃないんだからさ」
「なんかどっかのスナックみたいだよね 」


達也らしいその安易なネーミングでは どうやら女性の心は掴めなかったらしい。
女房である那美は とりあえず否定も肯定もしてないけど.....


「えみならねー もっと可愛い名前つけるなぁ。例えばぁー.....」
「いい。あんたには聞いてないから.....」
「まきちゃん ひどーい」

 


その時だった。


二階からおふくろの大きな声がして..........

 

「モカちゃん!駄目よ。それはパパとママのでしょ」
「やーだー 」


声のする方を見てみるとタクとモカがなにやら抱えて階段をよたよたと下ってくる。


手に持ってるのは......オルゴール?

 

二人で取り合いしながら何歩か進んだその瞬間


「あぶない!」




まだ慣れてない階段で モカが足を..........

 

 

 

 

........ドンッ



 





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