.......遠くで何か......聞こえる......



  Crystal eyes       2




「.......いいじゃん!今日だけでいいからさ 」
「だから今日は駄目なんだって言ってるだろ。早く帰れって 」


誰......?


ベッドから起き上がって そっと声のする方を見てみると
玄関で 菜箸を持ったまま 仁王立ちになってるノブさんと......

「あれ....美幸さん?なんで?帰ったんじゃ......」
「やっほー。またまた 帰ってきちゃいました 」
「お.....かえりな....さい?」
「香織はいいから もう少し横になってろ 」
「もう大丈夫だよ。ゆっくり寝させてもらったから。
それより.....どうしたんですか?美幸さん 」

ノブさんは私のおでこに手を当てて 熱はないなって.....
美幸さんは その隙に?玄関からリビングへ移動した。

「相変わらず 仲がよろしいことで 」
「お前なぁ なんでうちに来るんだよ。わっかんねぇなぁ 」
「煩いなぁ まったく。ねぇ 香織さん お願い!
今日だけここに泊めてくんないかなぁ。だめ?」
「へ?.....あの.....いいで....すけど 」
「やったぁー。優しいお姉さんがいて良かったよん 」


何が何だかわからず 正直 起き抜けで頭 回ってなかったし
無下に断るのもおかしいから ついOKしたけど
ノブさんの頭からは 怪しい湯気が立ち上ってる気が......


「だめだ。お前 いますぐ帰れ 」
「なんでよ。いいでしょ 別に。二人の邪魔したりしないもんね 」
「そういう事じゃないだろ。なんで実家じゃなくって ここなんだ。
それに 向こうに帰ったばっかりでもう里帰りか?いい加減に......」
「あー もう うるさい。ちょっとは私の好きにさせてよね 」

美幸さん......何かあったんだ きっと。

「ノブさん いいじゃない。今日だけだって言ってるんだし。
それに私 美幸さんとまたお喋りしたいなって思ってたの。だからさ ね?」
「.....香織 お前 体調悪いんだろ。無理するなって 」
「もう全然 平気だよ。あ そうだ。美幸さん あのね。
今日は ノブさんが晩御飯作ってくれてるんですよ。一緒に食べましょ?」

ノブさんは 大きな溜息をついた後 黙って後ろを向いて

「......今日だけだからな 」

そう一言だけ つぶやいてキッチンに行ってしまった。


「ありがと 香織さん。助かったぁ 」
「ふふ 良かったですね 」
「でも ほんとごめんね。具合悪いって知らなくってさ 」
「違うんですよぉ。これ 実はただの生理痛なんです。ノブさん大袈裟だから 」
「なんだぁ。それなら安心しちゃった 」
「.......で? 一体何があったんですか?」


とりあえず話を聞いてあげることしかできないと思ったんだけど
特に理由はなくって 明日こっちの友達と遊ぶ約束をしたんだと言うだけ。


「実家に行ったら すぐ向こうに帰りなさい!ってお母さん激怒でさ。
明日の夜はちゃんと帰るから 今日だけ......お世話になります 」
「いいんですけど.....おかあさん心配してるんじゃないでしょうか 」
「もう帰ったとでも思ってるんじゃない?大丈夫だよ。
それより お風呂貸してもらってもいいかな 」
「はい。あ まだお湯が入ってないかも..... 」
「いい シャワーだけで。暑いし 汗かいちゃって 」
「それなら どうぞ使ってください 」

美幸さんにタオルだけ手渡して キッチンにいるノブさんの所に行った。
ノブさんは ちょうどタバコに火をつけようとしてるところだった。


「こら ノブさん。ここでタバコは駄目でしょ。めっ 」
「おっと 見つかったか。ごめん....で 何か聞き出せたか?」
「ううん。明日 友達と遊ぶ約束しただけだって。
でも きっと何かあったんだろうと思うんだけど.......」
「やっぱ そう思うか?」
「何となくだけどね。それより お母さんに....」
「今さっき 連絡だけはしといた。心配してるといけないからな 」
「さっすが ノブさんだね......で?晩御飯は何かな?」

てっきりお弁当でも買ってくると思ってたんだけど
ガス台にはちゃんと フライパンとお鍋が乗っかってる。
一体 何を創作したんだろうと思い そっと 蓋を開けてみたら

「あの......ノブさん これ......」
「どうだ?見た目はともかく味は保障するぞ 」

すごい。驚いた。見事なチキンライスが出来上がってる。
横には ボールにちゃんと卵が割ってあって

どうやら今夜は「オムライス」らしい。

だけどお鍋の蓋を開けると なぜか空っぽで......


「今から うまい味噌汁を作る予定だったのに 丁度あいつが来ちゃったから 」
「そっかぁ。じゃ それは私が作るから。ノブさんは座っててね 」
「いや 今日は俺が作るって言ったんだから。最後まで作る。
それより 香織 本当にもういいのか?気分は?」
「大丈夫だって......でも せっかくだからノブさんの料理いただきますか 」
「よし。待ってろよ。でも その前に.....」

ノブさんはいきなり私の体を引き寄せて 耳元で囁いた。


「今日は もう何もできないだろうから......」


私はノブさんの首に腕を回して 背伸びしながらキスをした。


「......ケチャップ味だ。」
「味見 いっぱいしたからな」

二人で 小さな声でこっそりと笑った。

「香織さーん ドライヤー貸してー 」
「あ はーい.....ノブさん 離して。呼んでるから」
「あいつは ほんっとに......悪いな 香織」
「ノブさんの妹さんは私の妹でもあるんだよ。そうでしょ?」
「......ああ サンキュ 」

もう一度だけケチャップ味のキスをしてから バスルームに急いだ。



なぜか パジャマまで持参していた美幸さんは
お化粧も落として すっかり リラックスしてた。

彼女は私と同じで 背はあまり高くはないけど
私と違って 足が長くてスタイルもいい方だと思う。
ボーイッシュな 茶髪のショートカットをきちんと乾かしてから
ソファーに座ってTVを見ながら どうやらくつろぎモードに入ったようだ。


「香織さん 具合いいなら ご飯できるまで 二人で....どう?」
「わぁ いいですよ。付き合います 」

こんな光景 絶対にお義母さんにだけは見せられない。
ノブさんに食事の支度をさせておきながら 女二人でビールなんて
それこそ 私が追い出されちゃうよね。


「あの.....聞いてもいいですか?」
「いいですけどぉ 敬語はやめて下さいませんかぁ?
なんか こう....... こそばゆくってどうも駄目だわ 」
「あ すいません。......じゃなくって ごめん....?]
「そうそう。いい感じだよ。おねえちゃん 」
「おねえちゃんは......ちょっと 」
「そっか。香織さんって一人っ子だもんね。よく親が出してくれたね 」
「うちはそんな旧家じゃないし 父も次男坊だからあまり関係ないみたいで 」


うちの親は 私が小さいときから ずっと言ってた。
お前は自由に 好きなように生きていきなさいって。
でも考えて見れば そういう訳にもいかないのかもしれない。
今はまだ 二人とも元気だからいいけど.......



「香織のおやっさん達が動けなくなったら 近くに住んでもらえばいい 」


声のする方を見たら ノブさんがで出来立てのオムライスをテーブルに並べてた。
立ち上がって 手伝うよって言ったら 優しく笑ってくれた。

「そんな心配しなくても ちゃんと考えてるから。な?」
「.......うん ありがと 」

ノブさんには 私の考えてることがいつも分かっちゃう。
なんでだろうな。やっぱり私が単純なのかなぁ.....

「しっかし お兄ちゃん 変わったよね。香織さんと結婚してからさ 」
「そんなことない。お前は余計なこと言わなくていいから さっさと食え。
一人前 増えたから またわざわざ作ったんだぞ。感謝しろよ 」
「へいへい。じゃいただきますか?」

ビールのコップを片手に持ったまま 美幸さんはテーブルについた。
ノブさんオムライスは 多少 卵の形は悪いけど でも味は最高だった。

「美味しい!ノブさんって料理できるんだねぇ 」
「ほんとか?旨いか?」
 
どれどれと 大きな口を開けて 私のお皿の前に顔を出したものだから
反射的に ノブさんの口の中にオムライスを入れてあげてた。


「あーん」


........まずい。二人じゃなかった。

それに気づいた私たちは ちらりと彼女を見たけど
彼女は のぶさんオムライスを これマジで美味しいねっていいながら
パクパクと 口に運んでた。時々 味噌汁をすすりながら......

「オムライスはまぁ 誰にでも出来るけど この味噌汁はたいしたもんだわ。
私が教えてほしいくらいだよ。お兄ちゃん これ何で出汁とったの?」
「いつも 香織が入れてるの見てたから あれ いりこだよな?」
「うん......っていうかほんと美味しい。私より上手かも...... 」
「どれくらい入れたらいいのかわかんなかったからなぁ。大量に入れた。
でも やっぱり味噌汁は 香織が作った方が断然旨いな 」

三人で 楽しくお喋りしながら食事した。
いつもは二人で食べてるから たまにはこんなのもいいなって。


「ところでさ 私はソファーで寝るから。お布団は用意しないでね。
.....っていうかいらない。風邪ひくような季節でもないしさ。」


きっと私たちの邪魔をしないようにと気を遣ってるんだろう。
ノブさんの顔をチラッと見た後 アイコンタクトで無言の了解を得てから


「じゃあ .....今日は私もここに寝ます。せっかくだからお布団も敷いちゃいましょ。
うちのお母さんが持たせてくれた ふかふかの客布団があるの。いいでしょ?」
「そんなの駄目だよ。お兄ちゃんに怒られちゃうじゃん。」
「......いいぞ。そうしろ 」
「へ?」
「構わないから おねえさんと一緒に寝なさいって言ったんだ 」
「ちょっと 私は邪魔しにきたんじゃないんだってば.....」
「こんな事 そうそうないですから ね?もっと色々 話したいし 」


この時は たぶん 嫁姑問題とかだろうと思ってた。
話を聞いてあげるだけでもすっきりするんじゃないかって。

でも.......

美幸さんの問題は そんな簡単なものではなかった。




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