「ねぇ ノブさんったら。 まだ 決まらないの?」
「ちょっと待てって...................そうだなぁ やっぱり.........」



   Crystal eyes        12



 
さっきから隣で うんうん唸りながら 紙にたくさん字を書いて 一生懸命考えてるノブさん。

「よし 決めた。.......で 香織は?もう決めたのか?」
「私はねぇ もうとっくに決まってるんだよね 実はさ。へへ」

産まれた二人の子供を一人ずつ抱きながら 病室で名前を決めた。
ノブさんと私の天使たちは 男の子と女の子 そして お兄ちゃんと妹。
何の問題もなく 無事に産まれてきてくれたこのふたりは 本当に親孝行ないい子達だ。
そのふたりを早く名前で呼んであげたくて 二人でいろいろ考えた結果.........
女の子はノブさんが 男の子は私が名づけようということになった。
本当は産まれる前からふたりで考えてはいたんだけど なにせ性別を聞いてなかったので 
それに顔を見るまでは どうにもイメージも沸かなくって...........


「香織は?何にしたんだ?」
「ノブさんから お先にどうぞ。私はあとで.........」
「お前 ずるいなぁ。まぁ.......いいか 」

ノブさんは 字がたくさん書いてある紙を一枚めくって その下の紙に大きく 四文字を書いた。

「 秋山 萌香........もえかって読むんだよね。可愛いじゃん ...........うん いいね 」
「違うんだなぁ これはな...........」

ノブさんはその字の横に 振り仮名をふってくれた。

「あきやま もか。コーヒー好きな俺たちの子だからさ..............どうだ?」
「もかちゃん?わー 可愛いよぉー。ノブさん ナイスセンスだよ 」
「それは光栄です............で?秋山家のご長男のお名前は?」
「プレッシャーだなぁ ちょっと 紙 貸して 」

ノブさんと同じように 四文字  “ 秋山 萌香 ” の隣に 並べて書いた文字。

“ 秋山 拓斗 ” 

「たくと........って読むのか?」
「そうだよ。男の子だったらこの名前にしようって思ってたんだ。開拓の拓なんだけど どう?」
「うん いい名前だと思うぞ。未来を切り開くって意味があるのか?」
「ノブさんの仕事って 何かそんな感じだからさ。勝手なイメージだけどね。
設計っていう仕事は 物を作っていく仕事でしょ。だから............どうかな?」


眠ってばかりのふたりの赤ちゃんに笑顔で許可を取ってから ノブさんは届けを出しに行った。




そして いよいよ退院の日。


「本当にいろいろ お世話になりました。」
「双子ちゃんのお世話 大変でしょうが頑張ってくださいね。あと検診もちゃんと来て下さいね。」
「はい。頑張ります。ありがとうございました。」

妊娠中 夜中に駆け込んだ時に厳しいことを言ってた看護師さんも 笑顔で見送ってくれた。
迎えに来てくれたのはノブさんを始めとする 両家の親たち。
なんと賑やかな退院になってしまったけど それはそれでとても嬉しくって...............

「じゃ 写真撮りますから お父さんとお母さん ひとりづつ抱っこしてそこ............立ってくださいね。」

ノブさんは拓斗を 私は萌香を抱っこして 病院の玄関前で写真を撮ってもらった。
これが病院の入り口に貼られる写真になるんだなって思うと 緊張して笑顔が引き攣ってしまった。
ポラロイドで撮られたその写真の一枚を記念に頂いたんだけど.............

退院の準備をしながら きっと写真を撮るであろうと思ってた私。
実は そのちょっと前に のらないファンデーションを寝不足の肌に無理に塗りたくって
おまけに口紅までひいてたもんだから......

「げっ こわっ..... 私の顔だけが白浮きしてるよ。」
「あんたが主役じゃないんだから そんなのどうでもいいでしょ。」
「えー でもお母さん これここにしばらくの間貼られるんだもん。みっともないよ。」

出入口の壁を指差してとんとんとやってみせたら ノブさんが写真を見ながら言った。

「そっかぁ?そんなにおかしくないと思うけど.....どうしても嫌なら撮りなおしてもらうか?」
「秋山さん いいんですよぉ。香織 あんたもう母親なんだから
いつまでも そんな子供みたいなこと言ってんじゃないのよ。」

お母さんに叱られてる間に ノブさんはもう一枚だけ撮ってほしいと
例のちょっとこわい看護師さんに頼んでくれてた。
だけど きっと何枚撮ったって同じだということはわかってる。

ここ何日か 二人の授乳で 正直 夜もあまり眠れてない。
最初は 看護師さんが手伝ってくれてたんだけど 最後の方は 慣らしも兼ねて
双子の世話は ほとんど一人で頑張ってたから......
さすがに授乳は私以外にはできないことだしね。

「ノブさん もういいよ。お化粧しなおすの面倒だし ありがと 」
「もう一枚撮ってくれるってさ。せっかくだからさ 」

看護師さんは 苦笑いしながらも もう一回シャッターを押してくれた。
思ったとおり そんなにさっきのと変わりなかったけど 私はお礼を言って納得した。







久し振りにうちに帰ったけど 家の中は思ったよりも片付いてて
寝室に入ると 私たちのベッドの横には ベビーベッドが二つ置かれてた。
双子って本当に何が大変かって 何もかもが二つ必要だってこと。
兄弟姉妹なら お下がりってのがありなんだろうけど そうもいかない。

「これは さすがに狭いね.....はは」
「仕方ないな。しばらくはこのままだな。」

じいじとばあばに抱かれて おとなしく眠った二人をベッドに寝かせて
リビングで みんなで ちょっとしたお祝いをした。
.......といっても 買って来たケーキと紅茶だけだったけど。


「ねぇ香織 秋山さんは仕事もあるんだから 夜泣きしたら眠れないだろうし
しばらくは 寝室別にしたらどう?私の時はそうしたのよ。」
「.....うん そうだよね。ノブさん 私 子供部屋でお布団敷いて寝るよ。」
「まぁ それはそれでまた考えるさ。それより香織 今の内に少しでも寝ろ。
お前 この何日か あまり寝てないだろ。」

お母さんたちの手前 言いにくかったことを ノブさんがさらりと言ってのけた。
本当は 帰ってすぐにでも 慣れたベッドに入って眠りたかった。
きっと今なら三秒で眠れると思う。

「そうね.....香織さん とにかく休めるときに休んだ方がいいわ。
しばらくは私が色々と手伝いにくるつもりだから。
どうかお父さまもお母さまも ご心配なさらないでくださいね。」


うちの親は 深々と頭を下げて もう一度 子供たちの顔を見てから 帰っていった。
自分たちがいたら 私がゆっくりできないだろうからと
ノブさんのご両親も それと一緒に帰っていった。



もう一度 ノブさんに眠るように言われて ベッドに入った。
久し振りの家のベッドはやっぱり 居心地がよくって.....


「ねぇ.....ノブさんも 一緒に寝ない?」
「ん?寂しいのか?」
「ふふ そう。だからさ 添い寝 してよ。」
「まったく うちには三人も赤ちゃんがいるんだな。」

ノブさんは 一緒に ベッドに入って 私の髪を優しく撫ぜてくれた。
あまりの心地よさに あっという間に眠りの世界に誘われてしまいそう。


......だけど


この声は きっと.......


「.........起きちゃったみたいだな。」
「あの声 きっとモカだよ。もうすぐタックンも泣き出すから.....」

案の定 .......二人のコーラスが始まってしまった。

「少し 泣かせた方がいいらしいぞ。おふくろが言ってた。
その方が 肺が強くなるらしい。......しかし よく泣くな。元気で結構なことだ 」
「ほんと 双子って何でか 同時なんだよね。はぁっ......」

そろそろおっぱいの時間だったので 仕方なく起き上がって交代で飲ませた。
出来るだけ母乳だけで育てたいと思ってたけど 正直 あまり出ない時もあるし
何せ 二人分なんで ミルクも混合で飲ませることにした。
私がモカを飲ませてる間に ノブさんがミルクを作ってくれた。
モカをノブさんに手渡して 今度はタックンの授乳.......

「やっぱ......重労働だな。香織 さっきの話なんだけどさ」
「何?さっきのって.....]
「俺 寝室別にするつもりないから。俺だって親父なんだからさ。一緒に面倒みたいし」
「でも ノブさんはお昼仕事があるでしょ。」
「大丈夫だって。さすがに母乳はあげられないけど こうしてミルク飲ませたりはできるさ」

愛おしそうにモカを見ながらそう言うノブさんは 本当に素敵なパパの顔をしてた。

「ありがと。でも 仕事に差し支えるようになったらその時は考えよ ね?」
「ああ 分かった。それにしても こいつ よく飲むのな。」
「モカはね 飲みがいいんだけど.....タックンは困ったことに 哺乳瓶嫌いでさ。
おっぱいなら よく吸い付くんだけどね。でも 出てるのかどうかよく分かんないんだよね。」

「それって やっぱり男の本能ってやつなのかなぁ」
「何よ それ。」
「いや.....何でもない。」

.......前言撤回......

素敵なパパの顔から スケベな親父の顔へ......

「ノブさん 男ってね。奥さんの妊娠中が一番浮気する確立が高いらしいよ。」
「お前 この俺を疑ってるのか?滅相もない。」
「だってさ......その.......」
「その手の話はだな とりあえず子供寝かしてからだな。」


はい。ごもっともなご意見です........




お腹いっぱいになったのか 二人はまた すやすやと眠ってくれた。

「しかし あれだな。赤ん坊ってのは寝てばっかりなんだな。」
「確かにね 起きてる時は泣いてばっかりだし。」

早く一緒に遊べるようになりたいってノブさんは言った。
きっと すぐにそうなるよって私は答えた。






お母さんは本当にちょくちょく顔を出してくれて......ていうかほぼ毎日やってくる。
正直 これには助かった。お母さんが来てくれなければ とても二人の面倒は見切れない。
ノブさんも 出来る限りの手伝いをしてくれた。
自分のペースで仕事ができるっていう利点もあって
どうしても一人で無理なときには すぐに帰ってきてくれるからつい甘えてしまう。
こうして みんなの手を借りて 二人は順調に育ってくれた。







今日は二人の初めてのお誕生日。


昼間 みんながプレゼントを持ってやってきてくれた。

恵理子さんは 靴。可愛らしいデザインで色違いのお揃い。
まきちゃんは 銀のスプーン。幸せを呼ぶらしい。
そして えみちゃんは.......

「えみ あんた.....ちょっとこれはさ 大きすぎ......」
「だって 思いつかなかったんだもん。これ 可愛いよね?」

箱から出てきたのは ピンク色のひらひらドレスと 蝶ネクタイのついた タキシード......?

「ありがと。可愛いよぉー。ほら 七五三もあるし。これ着て写真撮らせてもらうね。」

久し振りにちょっとだけ騒いで みんなは夕方になってそれぞれの場所へ帰っていった。



「おかえりなさい。ノブさん 」
「ただいま。みんなは?」
「もう帰った。プレゼントたっくさんもらっちゃった。」
「そっか よかったなぁ 」


ノブさんは 家に帰ると一番に 私に必ずキスをする。
........だって まだ新婚さんだもんね。

それから ノブさんは リビングでごろごろしながら遊んでる二人にも
いつもと同じに ただいまの握手をした。


「ケーキ作ろうって思ってたんだけど 実は今朝 あるところから届いちゃって.....」
「ある所?.....ってどこだよ」
「どこだと思う?」
「そうだな......香織の実家とか?」
「ぶっぶー はずれ。うちの親からは またお金。何か買ってあげてって 」
「そうなのか。実は うちからも....ほら」

ノブさんとこも やっぱりお金だった。
それも きちんとご祝儀袋に入ってる。
じいじ ばあばの世代って 何がいいのかわからないからって
今までも二人のお小遣いだとかいう名目でいくらかもらったけど
ノブさんと相談した結果 二人の名義の通帳を作って そこに半分ずつ貯金してる。

「じゃ 誰だ?あ.....わかった。」
「ピンポーン」
「まだ 答えてないから......」
「ふふ すっごいよぉー。冷蔵庫に閉まってあるんだけどさ 見る?」


ノブさんの返事も待たずに そのケーキを取りにキッチンに走った。
小さな箱にリボンのかかった二つのその箱を冷蔵庫から出してテーブルに置いた。

「二つ.....なんだな。那美も頑張ったなぁ。」
「ローソク 二本じゃおかしいでしょって言ってたよ。」
「そっか。確かにそうかもな。」
「那美さんって やっぱりセンスいいよねー。」
「よかったな。じゃ 早速パーティを始めますか?」
「でも 本当に良かったの?おかあさんたちにも来て頂かなくて......」
「初めてのお誕生日は家族でしなさいってさ。そのかわり次の週末は両方の実家にお礼に行こうな。」
「うん。そうしよ」
「しかし......こりゃ豪勢だなぁ。」
「でしょ?」


実は昼間きてくれたみんなは 今晩のパーティーのために料理を一緒に作ってくれてた。
驚いたことに 一番お料理ができるのは 独身である まきちゃんだった。
まきちゃんの包丁さばきは それはもう見事なもので
子供が好きそうな飾り切りが次々とお皿の上に並んでいって
私と恵理子さんは まるで料理教室の生徒さんみたいだった。
若干一名...... えみちゃんには 拓斗と萌香の子守を頼んだ。
二人とも 彼女には本当に懐いてるので お陰でこっちは料理の方に専念できた。
途中 見てみたら 拓斗と萌香の間にえみちゃんが入って いつの間にか三人でお昼寝してたけど.......


拓斗と萌香を子供椅子に座らせてから 家族でささやかなバースデイパーティーをした。
こんなに誰が食べるんだ?ってノブさんは笑ってたけど......

二つの可愛いケーキにはそれぞれの名前の入ったプレートが並んでた。
ノブさんがローソクに火をつけると 二人とも興味深く じっとそれを見てた。
見つめる子供たちの瞳が キラキラと輝いて見えた。

「たくと もか お誕生日おめでとう」

きっとまだよく分かってないであろう二人は
それでも何となく私たちの真似をして 嬉しそうに手をぱちぱちしてた。
ノブさんと二人で ハッピーバースディの曲を歌ってあげた。
何だか照れくさいなって言いながらも 可愛い我が子の為にとノブさんも一生懸命歌ってた。

私たちから二人へのプレゼントは ノブさんと二人で相談して決めた。

拓斗には レールのついた電車。
さすがにまだ自分では組み立てられないので ノブさんが作って電車を走らせた。
動く電車を見て 大喜びの拓斗。

萌香には お砂場セット。
これもまだちょっと早いとは思ったんだけど
前に公園に行った時に砂場で遊ぶ大きいお姉ちゃんをじっと見てたから。
これを使うのはきっともう少し先になるだろう。


一日中 遊びまくって疲れた二人は 私がキッチンで片づけをしてるうちに
ノブさんのお膝で眠ってしまってた。


「あーあ 私の特等席なのにな」
「なんだ?やきもちか?嬉しいねぇ」
「そう思うなら 早く二人ベッドに運んじゃってよね 」

ノブさんと私は 一人ずつ抱っこして二人をベッドに寝かせた。

「いいお誕生日だったね。ビデオ撮ったから みんなにも見せちゃおうね 」
「いいけど...... 親馬鹿だって思われるのがオチだと思うぞ 」
「それでもいいのだ。だってほんとじゃん 」

ノブさんは 小さく笑いながら二人のおでこを撫ぜた。
幸せそうにぐっすり眠ってる子供たち......


「せっかくだからさ 今から二人で軽く飲まないか?」
「主役は寝ちゃったけど...... まぁ いいか。」

それから二人で リビングに戻り もう一度 ワインで乾杯をした。


「俺さ あいつらが初めて目を開けたときに思ったんだ。
子供の瞳ってさ すごく透き通ってるんだなって。」
「そうなんだよね。目ってさ いろんな物見てるうちにだんだん汚れていくらしいからね。
生まれたばっかりの時ってまだ何も見てないから ガラスみたいに透き通ってるんだってさ。」
「そっかぁ......いつまでもあんな風に透き通ってて欲しいけどな。
綺麗なものばっかり見てたら ずっとこのままなのかな。」
「.......綺麗なものばっかりじゃないからね 世の中ってさ。
汚れたものとか 間違ったものとか たくさんあるでしょ。
でもね そういうものも見て きっと成長するんだと思うよ。
.......ってね これ 全部ノブさんのおかあさんの受け売りだけどさ。」

ペロッと舌を出した私を後ろから軽く抱きしめたノブさんは
いつものように髪を優しく撫ぜてくれた。


「私ね こうしてる時が一番落ち着く。幸せだなって.......そう思う。
拓斗も萌香も いつか好きな人と一緒に こうして過ごすんだろうね。」
「....そうだな。でもやっぱり.....その.....あれだな。萌香が他の男にって思うと ちょっと複雑だよな 」
「あはは ノブさんも普通のお父さんだね。」
「......どんな父親だって思ってたんだよ。そういう香織だって 拓斗を他の女に取られたら嫌だろ?」
「全然 平気だよ 」
「そんなもんか?」
「だって 私にはノブさんがいるもん。ノブさんには私がいるでしょ?ご不満かしら 」
「おっとぉ そうきたか。男冥利に尽きるねぇ。今晩は覚悟していただかないとな 」



ノブさんはそう言って 私の手からワイングラスをそっと取り上げて リビングの明かりを落とした。





..........拓斗 萌香........お誕生日 おめでとう.........






できることなら いつまでも


その瞳は透き通ったままで.....







 

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