しばらくして 恵理子さんの言ったとおり
あんなに苦しかったつわりは嘘のようになくなった。
それでもなぜか 炭酸飲料だけはやめられなかったけど.....


   Crystal eyes        11


こうなったら とことんマタニティライフを満喫してやろうってことで
安定期に入ってからは 恵理子さんや那美さんと一緒に 買い物に出掛けたり
時々は ランチしながらお喋りしたり.....
今だけは家事の手抜きも許してもらって 自分の好きなことをして過ごした。


お天気のいいノブさんの休日には 実家に連れて帰ってもらった。
お父さんは 段々と大きくなる私のお腹を見て 大丈夫なのか?って心配してる。
やっぱり双子ってお腹の大きさが普通より大きいみたいで......

「大丈夫。ノブさんもいるし あっちのおかあさんにも助けてもらってる。
それに通ってる病院の先生がとってもいい先生だから。
お父さん .....悪いんだけど 私 向こうで赤ちゃん産むから......
あのね 双子ってやっぱり一人産むよりも リスク高いらしくって。
だからね いろいろ考えて 帝王切開にすることになったんだ。」

先生とも相談した結果 やっぱりその方がいいだろうってことになった。
里帰り出産するなら 実家の近くの病院を紹介するって言われたんだけど
どうしても ノブさんのそばにいたかったから.......

「香織がそうしたいなら そうしなさい。産まれたらすぐに行くから。」

お父さんはいつだって 最後は私の我儘を聞き入れてくれる。
子供のころからずっと私のことを信じてくれる素敵な父親だ。

「出産は女の仕事だからね。栄養のあるもの食べて 元気な赤ちゃん産むのよ。」

何かあればすぐに飛んでいくからって おかあさんもノブさんのそばで産むことに賛成してくれた。

“ 女の仕事 ”

おかあさんの言葉で また少し勇気が沸いてきた。
ノブさんと私の赤ちゃんを産むのは 私にしか出来ないことなんだって.....
そんなお母さんもまた 私を産んでくれた 母親としての大先輩なんだって思った。




楽しもうと思ってたマタニティライフだったけど 途中いろんなことがあった。

お腹が張ってきて息苦しかったり 軽い出血があったり......
その度にノブさんと大騒ぎして 夜中に何度も病院に駆け込んだ。
当直の看護士さんの中には これぐらいのことは誰でもあることなんだから
わざわざ 夜中に来るほどの事じゃないですよって 少し機嫌の悪くなってしまう人もいた。

「何だか 申し訳ないね。私がちょっと大袈裟なのかもしれない。恥ずかしい.....」
「恥ずかしいことなんかないだろ。初めてなんだし。それに子供の為なら別に恥かいたっていい。
素人考えで そのまま我慢してて大変なことになったら困る。気にするな 」

ノブさんにそう言われて 確かにそうだと納得した。
分からないことだらけの初めての出産なんだから 色々聞いても恥ずかしい事なんかない。
私たちに出来ることはただ子供たちが無事に産まれてこれるようにするだけ.......








「香織 今 達也から電話あったぞ。やっぱり女の子だってさ 」
「あはっ そうなんだぁー。じゃ当たりだね 」

那美さんは 赤ちゃんの準備をするのに 先に性別を聞いたらしくって
お医者さんには女の子でしょうって言われてたみたいだけど
やっぱり産まれて来るまでは はっきりとはわからないもんらしい。
どうしても女の子が欲しかったって言ってたから きっと相当喜んでるだろう。

「ノブさん うちは聞かなくっていいんだよね 」
「ああ 楽しみはとっといたほうがいいだろ 」





それから寒い季節がやってきて 今度は恵理子さんが第二子を産んだ。
とっても大きな男の子だったらしい。
その知らせを聞いたのは 病院のベッドの上だった。
どうしてもお腹の張りがおさまらなくって
点滴をしながら 赤ちゃんが少しでも大きくなるのを待った。






「香織.....外 見てみろ。」
「ん?何.......」

ノブさんがカーテンを開けて 外の景色を見せてくれた。

「あ......雪だ.....」
「今日は朝から冷え込んだからな。さっき降り出したんだ。」

窓から入ってくる冷たい空気が 顔に当たってとても心地いい。
入院してから そろそろ二週間が経つ。
点滴に繋がれて お風呂にも入れない私の所に ノブさんは毎日やってくる。
ずっとコンビニのお弁当じゃあんまりだからって思って
彼にはずっとおかあさんの所に行ってもらってる。


「寝るときにも点滴したままだなんてな.....大丈夫か?」
「全然 平気.....ふふ この子達 せっかちさんだから。もう少しここにいてもらわないとね。」
「だけどさ 香織だって早く帰りたいだろ。」
「そりゃそうだよ。ノブさんの横で眠りたいもん。あ.....そうだ お願いがあるんだけど。」
「なんだ?」
「.......ちょっと汚いかもしれないけど いい?」

ノブさんにお願いしたのは 編み込み。
ずっと洗ってない髪の毛を触らせるのもどうかと思ったけど......
長いままにしておいたこの髪は 入院生活でもうぼさぼさになってしまってた。

「......やっぱり切った方がいいのかな 髪.....」
「いつでもやってやるから 切らなくてもいいぞ 」

髪の毛をやってもらいながら 開いたままにしておいた窓の方を見ると
さっきまで降ってた雪は もうやんでしまってた。

「私さ 初雪見ると なぜか口開けて食べちゃうんだよね 」
「へー.....旨いのか?」
「あはは 無味無臭だよ。味なんかしないっての 」


最後の髪の毛を掬って きれいに編み込まれた私の髪。


「よし。できた。なかなか可愛いぞ」
「そう?よかった。でも明日の朝にはもう崩れちゃうな。」
「明日もきてやってやるよ。」

後ろから抱きしめて項にキスを落としたノブさんを軽く避けた。

「......香織?」
「いや.....お風呂入ってないもん 」
「そんなこと気にするなよな。避けられると傷つくぞ 」
「気になるよ。だってさ......」

好きな人だからこそ こんな時には触れられたくないって そう言おうとしたのに
ノブさんの 熱いキスで結局 その言葉はのみこまれてしまった。


「.......やきもち妬いて また暴れるかな。こいつら 」
「さあ どうだろう。でも.....早く会いたいな 」
「もうすぐだから。春になったら会えるんだからさ 」
「うん......そうだね 」






クリスマスの前には 何とか退院できて 自宅安静になった。
本当はケーキを手作りにしたかったんだけど それも叶わなかった。
ノブさんに何かプレゼントしたくて でも買い物に行くのは無理だったから
お裁縫箱の中に少しだけ入ってたフェルトを使って 小さな くまを作った。

「.....香織が作ったのか?」
「うん これしかできなかったけどさ。」

ノブさんはサンキュって言って そのくまさんにつけてた紐を自分の携帯にくくりつけてくれた。

「実はさ......俺も......」

綺麗にラッピングされた包みを渡されて 嬉しくって急いで開けてみると.....

「あはっ くまさんだ。」
「いつも同じでごめんな。でも 何がいいのかわからなくて.....
今度一緒に買い物行こう。香織が欲しいもの ちゃんと買ってやるからさ。」
「これがいい。嬉しい......ありがとう ノブさん」


今年のクリスマスは 宅配ピザと 買ってきたケーキ.....
だけど来年の今頃は きっと家族で賑やかなパーティーになるんだろうな。







年が明けて あっという間に三月。
赤ちゃんも順調に大きくなってくれて いよいよ手術の日がやってきた。

「本当に一人でいいのか?立会いもできるらしいから 心細いなら.......」
「大丈夫。これは私の仕事だから......それに ノブさん たぶん倒れちゃうと思うし 」

お母さんが前に言ってた。子供を産むのは女の仕事だって.....
怖くないって言ったら嘘になるけど でも一人で頑張ってみたかった。
それに......あの格好をノブさんに見られるのは 正直耐え難いものがあるしね。

きっと大丈夫。
お腹の中の赤ちゃんが 早く会いたいって言ってる気がする。
頑張るのは私だけじゃない。
きっと赤ちゃんだって応援してくれるはず......




「じゃね ノブさん 行って来ます 」
「香織 .......頼んだぞ 」
「あい 了解しました 」













三月十四日 ホワイトデー........

この日 ノブさんと私の愛おしい天使たちが この世に舞い降りた。







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