「どうだ?」
「......無理 ごめん。一人で食べてくれる?」

ノブさんには悪いと思いつつも 最近 食事が一緒にできない。



      Crystal eyes        10



これが つわりっていうものなんだろうか。
とにかく 食べ物の匂いがたまらなく辛い。
特に炊飯器の中のあったかいご飯の匂いだけはどうしても耐えられない。
炊き上がってる最中はキッチンの扉を閉めて 中には入らないようにしてるほどだ。
酸っぱい物が欲しくなるって聞いたことがあるけど 全然そんなこともなくって
私の場合は とにかく炭酸飲料が飲みたくて仕方ない。
それも ビールとかではなくって 甘くてシュワっとしてるもの限定。
あんなに大好きだったアルコールも全く飲みたいとも思わないし
話には聞いてたけど 人によって色々ちがうものなんだなって実感した。


あれからすぐにみんなに 妊娠のことを知らせた。
実家のお母さんは 電話の向こうで大騒ぎして お父さんに煩いって叱られてた。
恵理子さんは 同級生になるねって大喜び。
えみちゃんに至っては 自分も赤ちゃんが欲しいって言い出してしまって
先に彼氏見つけなさいって まきちゃんに釘を刺されて不貞腐れてた。
そんなまきちゃんは まわり妊婦だらけじゃんって言いながら笑ってた。
那美さんに連絡したら 一緒にベビー用品買いに行こうねってはしゃいでた。


「何か食えそうなもんないのか?俺 作ってやるから」
「ん.....大丈夫。.....っていうかさ 不思議とコンビニのおにぎりなら食べれそうなんだよね 」
「よし 待ってろ。」
「わざわざ いいよ。贅沢だよ そんなの。それに今は食べたくない.....」


相変わらずなノブさんは 私の言葉を聞くや否や コンビニに行ってしまった。
一緒に食事をしてあげたほうがいいのはわかってるんだけど
今のこんな状態じゃ とても無理っぽい。
申し訳なさそうに 一人で食卓に座るノブさんの食事を作るのも
ほんと言って 結構辛かったりする。
お弁当でも出前でもいいんだからってノブさんは言ってくれる。
だけど ノブさんの食事だけは 奥さんである私が作ってあげたかった。


恵理子さんも 一人目の時はつわりが酷かったらしいけど しばらくの辛抱だよって言ってた。
それでも 調子の悪いときは一日中トイレに篭ってしまうことがある。
こんなんで お腹の赤ちゃん大丈夫なのかなって 時々不安になるけど
ノブさんに言ったら たぶんすごく心配するだろうなって思ったから
なるべく笑顔で 明るく過ごすように心掛けてる。


そしていよいよ二回目の検診の日がやってきて.......





「.....ってまじ?」
「......信じられないよね.....なんで私がって感じ。」

ノブさんが驚くのも無理はない。
でも たぶん 一番吃驚してるのは 他でもない この私。
まるで何かに当選したかのようなおかしな気分。



私のお腹の中には 二つの命が宿ってる......




「ほらっ 信之。写真見て御覧なさい。双子よ ふたごちゃん。」
「........おかあさんっ!......とりあえず乗りましょ?ね 」

体調があまりすぐれない私を心配して 送り迎えをしてくれたノブさん。
迎えに来た車の運転席の窓越しに 興奮のためか大音量になって息子に話しかけてるのは
約束どおり 検診についてきてくれた彼のおかあさん。
その手をひっぱって 何とか 後部座席に乗せた。


「ふふ.....香織さん 楽しみだわねぇ。ふたごって可愛いのよねぇ。」
「.....あ はい......でも 私.....何だかまだ実感が....」


後ろから身を乗り出して ノブさんが凝視してる写真をもう一度見ながら
さっき 先生が説明してくれたことを おかあさんがノブさんにリピートしてる。

「とにかく......帰りましょ。ノブさん お昼から打ち合わせ二件入ってるって......」
「あ?......あぁ そうだな。」
「信之 お昼ご飯 どうするの?何か食べに行こうか。おかあさん 奢っちゃう 」


とっても嬉しそうに話すおかあさんに
コンビニのおにぎりしか食べられません とはとても言えそうもなくって.....

「悪い おふくろ。香織 つわりであまり食べれないから 外食は無理だな。」
「あ.....でも せっかく.....」
「あら 香織さん そうなの?知らなくって.....ごめんなさいね 」

もう.....ノブさんってば.....
おかあさん しょげちゃったじゃない。
でも 正直 外食は無理だとは思ったけど.....
後ろで急におとなしくなってしまったおかあさんを見てるとなんだか気の毒で................

「あの....おかあさん もし良かったらうちで食事して帰られませんか?」
「え......でも.... いいの?」
「おかあさんさえ よろしかったらぜひ 」
「おい 香織 」
「本当はね おかあさんにお昼の支度お願いしちゃおうかなって魂胆なんですけど............駄目ですか?」

おかあさんは 急に元気になって 任せときなさいって胸を叩いた。
ノブさんは それを見て 苦笑いしながら軽く溜息をついた。




あっさりしたものがいいだろうと おかあさんが湯がいてくれたざるうどんは
冷たくって喉越しが良くて......
たくさんは無理だったけど 久しぶりに食事が美味しく感じられた。

ノブさんが仕事に出掛けた後 おかあさんにコーヒーを淹れてあげたけど
あんなに 大好きだったこの香りまでもが 今の私には辛く感じる。
いつもならドリップで淹れてたコーヒーも 最近ではコーヒーメーカーに頼ってばっかり。

「おかあさん とっても美味しかったです。おうどん 」
「そう?良かった。香織さん 私一人で帰れるから 少し休んだら?」
「今日はちょっと気分がいいみたいなんで 平気です。」
「ねぇ 香織さん 私の前ではあまり無理しないで欲しいの 」
「え......」
「これでも二人子供産んでるんだもん。つわりの苦しみは分かるつもりなのよ。」

おかあさんは ノブさんの時は本当に苦しかったって話してくれた。
逆に 美幸さんのときはノブさんの世話で気が張ってたお陰で そうでもなかったんだよって。

「......だからね 少し私にも甘えて欲しいなって そう思うの。
辛いときには いつでも声を掛けてくれていいのよ。近くにいるんだしさ。」
「おかあさん......」


こんなに大事に思ってもらえる私は 本当に恵まれてる。
確かに ちょっと無理してたかもしれない。
結婚したばかりなのに 旦那様の世話も満足に出来ない嫁だと思われたくなかった。
そんな片意地を張ったって みんなに迷惑をかけるだけなのに......


「.....やだ 香織さん 何で泣いてるの?私 何か気に障ること.....」
「違うんです......嬉しくて.... ありがとうございます。おかあさん 私.....
頑張らなきゃって.....家のこととか ノブさんのこととか.....」
「いやだ 香織さん。そんなこと考えてたの?いいのよぉ 頑張らなくっても。
そんなに頑張ったら あっという間に疲れちゃうしね。心をゆったり持って。
じゃないと 双子ちゃんもママのこと心配しちゃうわよ。」

おかあさんはそっと私のお腹に手を当てて言った。

「子供はね ちゃんと親を選んで産まれてきてくれるのよ。
信之と香織さんの子供になりたいって。ね?双子ちゃん そうでしょ?」
「あは.....おかあさん まだ聞こえないと思います。たぶん」
「そんなことないわよぉ。ねぇ」

そう言って お腹に話しかけてるおかあさん。
もしかしたら 本当に聞こえてるかもしれないって......そんな気がした。

その日 早速 おかあさんに甘えて 晩御飯も作ってもらうことにした。
ノブさんが帰ってきて 元気そうな私を見て どうせなら親父も呼ばないかって言い出して
結局うちで ちょっとした小宴会が開かれた。
久し振りに 気分が良くて ご飯もみんなと一緒に食べられた。





「......双子かぁ 」



おかあさんたちが帰って またいつもの二人きりに戻って
ノブさんはソファーで寛ぎながら エコー写真を見て呟いた。
その隣に座って ノブさんの肩にもたれて 私も一緒にその写真を眺めた。

「まさか この私が双子を産むなんてね。実家のお母さんに電話したらちょっと心配してたよ。」
「そりゃ そうだろうな。そうだ 明後日 日曜日だし 顔出しに行くか?」
「え.....ほんと?」
「ただし 香織の具合が良かったらの話だけどな。」

ノブさんは横になって 私の膝を枕にしながら お腹を優しく撫ぜてくれた。
そんなちょっとしたことが 私の気持ちを落ち着かせてくれる。
こうして ノブさんと二人でゆっくりと過ごす時間が大好き。

「私さ 双子だって聞かされた時 ちょっと怖くなったの。」
「うん そりゃ誰でもそうだと思うぞ。なにしろ初めてのことだしな。」
「ん でもね 今日 おかあさんに言われたの。この子達は私たちを選んでくれたんだよって。」
「......そっか おふくろが......」
「そう。嬉しくってさ.....そしたら あんなに怖かったのに 今度は早く会いたいなって思っちゃった。へへ」
「俺も.....早く会いたいぞ。俺達を選んでくれた こいつたちにさ 」
「ノブさん 私ね .....ちょっと無理してたみたい。自分ではそんなつもりなかったんだけど......
でも それってきっと いいお嫁さんだって思われたかっただけなんだと思う。
今日ね おかあさんにもっと甘えなさいって言われちゃった。それで思ったんだ。
この子達がお腹に入ってる間の生活も この際 楽しんじゃおうって。
今なら みんな私の我儘とか聞いてくれるじゃんってさ......ていうか 今しかないって感じ?」


お腹を撫ぜてたノブさんの手を両手で掴んで 私の頬に当てた。


「ノブさん.....キスして.....」
「えらく可愛い我儘だな....」


起き上がったノブさんは 私に優しくキスをした。


「......ね もっと....キスしたい.....」
「これ以上は だめ。俺だって自主規制してるんだから......香織も我慢しなさい 」
「キスだけだもん。いいでしょ?」



残酷なこと言うなよって言いながら もう一度 今度は深いキスをくれたノブさんは
お腹の子が男の子だったら きっとやきもち妬いてるなって笑った。






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