京子の話を聞いて酔いが醒めたつもりだったけど
それでもやっぱりこの日は酒が過ぎてたらしく
代行を頼んでもらってうちに帰った。

もう夜中だというのに那美は起きて待ってて......


Lie and truth       達也の物語  4


「先に寝てろって言っただろ。俺に構わなくっていいから 」
「おかえりなさい.....随分飲んでるみたいだけど大丈夫?」
「正直 ちょっと飲みすぎたかな......気分悪い」

何も食わずに飲んでしまってたせいでかなり気持ち悪かった。
家に着いた途端に安心したのか急に酔いが回ってしまって......
とりあえずベッドに入って横になった。

「気分悪かったら起こしていいからね 」
「ああ サンキュ.....いいからもう寝ろ.....」

俺の胸に手を乗せて隣で静かに目を瞑る那美を見てると
こいつはほんとに何も悪くないのにって思う。
気持ちよさそうに寝息を立ててる那美を起こさないように
ベッドからそっと抜け出して冷たい水を飲みに台所に行くと
足元に何かが当たって......

「なんだ お前も起きてたのか?」

何も返事をしないそいつを抱いてソファーに座った。

「.....俺 どうしたらいいんだろうな ひめ....」

そのまま横になってしばらくぼんやりと考えてた。
いくら考えても答えは出ないけど......

気がついたら朝で那美に起こされて目が覚めた。
いつの間にか眠ってしまってたらしい。
どこまでもだらしない俺に那美は 
風邪ひくよって........心配そうに言った。
それから旨い味噌汁を作って食わせてくれた。
いつも朝飯はパンなのに
二日酔いの俺のためにわざわざ和食の用意をしてくれる。
そんな那美のことを愛しいと思う俺は
やっぱりいい加減な男だと自分でそう思った。



ノブに連絡して話があるから会って欲しいと頼んだ。
彼女を連れてくるなよって念を押したけど
解りきったことをとノブは言った。

京子の店で約束をしたらノブは少し不機嫌で....
だから話が終わるまでは近づくなって京子に言った。

「で.....話ってなんだ?なんとなく想像はつくけど....」
「俺さ ノブに言われてからずっと考えた。」
「そっか......結論は出たのか?」
「簡単に言うんだな お前 」
「二つに一つだろ。うだうだ言ってても始まらないだろうが 」
「......ひとつだけお前の意見聞かせてくれるか?」
「参考になるかどうかわかんねぇぞ 」
「.....例えば俺が那美と......離婚したとして.....
あいつと一緒になったとして あいつは幸せだと思うか?」
「そんな例え話しても仕方ないけどな。まぁ もしそうなったとして
そうだなぁ.....彼女にしかわかんないだろうけど やっぱ辛いかもな。
あんな性格だからさ.....那美に悪いとかって一生思うんじゃねぇの?」
「ノブ.......あいつの事よくわかってんだな。」
「最近じゃお前よりも俺の方が彼女に近いと思ってるからな。」
「お前.....やっぱり......」
「達也の相談に乗ってる場合じゃないことは確かだな。
まったく........正直 自分でもどうかしてるって思うよ。」
「お前に相談した俺が馬鹿だったのかよ。みっともねぇよな 」
「怒らないんだな今日は.....お前らしくもない 」

不思議と最初に浮かんだ怒りの感情は消え失せて
俺たちは酒を飲みながらいつの間にか二人で笑ってた。
昔からこいつは俺のいい友達でありながら ライバルだったからな。

「.......なぁ ノブ やっぱ俺ずるいよな。」
「そうでもないだろ。彼女にとっては今が幸せなんだろうし.....」
「軽蔑しねぇのかよ。俺のこと」
「お前より悪い男なんざ この世にわんさかいるだろうよ。」
「やっぱりあの時......別れるべきだったのかもな。」
「......別れるのか?」
「まだ......決心がついてないってのが本音かな。」
「そっか.....」
「けどもしそうなったら......彼女のこと頼むわ 」
「......言われなくてもな 」


京子が話に入ってきたそうだったけど
結局俺たちはそのまま店を出ていつもの店に行った。



「ママ 久しぶりだな」
「今日は男二人?色気なしって感じね。」
「たまにはいいだろ。なぁ ノブ」
「俺はママがいれば十分です。」

二人でカウンターに座ってしばらく飲んだ。
昔話とかそんなことで盛り上がって
こんな時なのに 久しぶりに楽しい酒だった。


「俺 そろそろ帰るわ。明日ちょっと打ち合わせあるし....」
「そっか 悪かったな。今日は.....」
「気持ち悪いこというなよ。雪が降るぞ。」

そういい残して笑いながらノブは帰っていった。
一人残された俺はあと一杯だけとママに頼んで水割りを作ってもらった。


「ママはさ 女の幸せって何だと思う?」
「また難しいこと聞くのね。答えられないじゃない。」
「そうだよな やっぱ。......誰に聞いてもわからないってさ 」
「幸せなんて人それぞれなんじゃないかな。たぶん......」
「それぞれ....か.....」
「彼女のこと 考えてるの?」
「まぁな..... ノブに考えろって言われちゃったよ。」
「彼もきっと複雑なんでしょ。たぶん......」
「......ママも気付いてたのか?」
「見てれば何となくね。はっきり聞いた訳じゃないけど 」
「......うまくいかねぇもんだよな。」
「人の気持ちってのはどうにもならないもんだから......」

ママは自分のグラスに入った水割りを飲み干してから
一杯奢ってねって笑って 俺のボトルからブランデーを注いだ。
それを一口飲んで美味しいって笑ってからママは言った。

「......あの時ね 香織ちゃんから別れ話した日......」
「え.....?」
「もうずいぶん前になるよね。あの日 彼女言ってた。
あなたが.....吉永さんが もう嘘つかなくてもすむようにしたいんだって。」

彼女がそんな風に思って俺に別れを切り出したなんて知らなかった。
あの時はただ俺との付き合いに疲れただけだろうと思ってたから。
ママの言葉で 俺よりも彼女の方がずっと色々考えてたんだって思った。
自分のことよりも俺のことを優先して考える彼女.....
そんな彼女は一体今までどれだけの我慢をしてきたんだろうか。


「......サンキュ ママ 帰るわ......」


車に乗って家には戻らずに彼女と良く行くあの海に
この日は 一人で行った......

海を眺めながらずっと考えた。
そして彼女との今までのことを色々思い出してた。

ここで二人でたくさん話したな.....

前の男と別れたって聞いたのもここだった。
彼女は俺のせいじゃないからって そう言ってた。
いつも外食じゃお金勿体無いからって弁当作ってきて
わざわざここで食べなくってもいいだろうにって言ったら
俺の口の中に卵焼きを入れながら キャンプみたいで楽しいって笑って......

彼女が好きなCDを買って彼女の好きな曲を彼女のために覚えた。
車の中で毎日 仕事中もずっと聴いて......
飲みに行った時にカラオケで歌ってやったら すごく喜んでくれて
そんなに上手くもないのに 素敵だったってほっぺた赤くして......

こうして海を見ながら手を繋いでいつの間にか眠ってしまっても
夜が明ける前には必ず彼女が起こしてくれた。

帰らないと明るくなっちゃうよって.....

きっと辛かっただろうに いつも微笑んでくれた。

こんなにたくさんの俺の中の彼女を
すべて想い出にしてしまうことができるだろうか.....

一度は別れを決意した彼女をまた引きずり込んだのは俺。
同じことを繰り返すわけにはいかない。



そして俺は........






「達也 いいのか.....それで。もう次は絶対ないと思えよ 」
「もう決めたから。俺と一緒にいてもあいつは.....」

しばらくしてノブに電話して彼女のことを頼んだ。
彼女が俺に別れ話をした時は まだ俺のこと好きだって言ってた。
俺がもし彼女のためになんていったらきっとまた同じ事になるだろう。
だいいち俺のほうが彼女に追われた時点でたぶん.....

「京子にはもう頼んであるから もしあいつが行っても話合わせてくれるだろ。」
「今回ばっかりは俺もお前の守りはできないからな.....
たぶんこっちの方が大変だろうし....潰れるなよ。」
「ああ......それからノブ......俺 こんな性格だからさ......」
「分かってる。しばらくはお前と話すこともないだろな。」

さすがだな.....伊達に付き合い長くないってことか。

きっと荒れるであろう彼女の事を聞いたら俺はたぶん自分を抑えられない。
もしもあの時の京子みたいになったらきっと飛んでいってしまうだろう。
決心はしてても自信がなかった.....

「.....お前.....結婚するんだよな 」
「そうらしいな.....どうやら 」
「人事みたいに言ってんじゃねぇよ 」
「.....俺も考えたよ.......色々」
「ふっ.....そんな時期にほんと迷惑掛けて悪いな。
月並みだけどよ......幸せになれよ。式にはよばなくていいぞ。」
「それだけか?達也......言いたいことあるだろ。」
「山ほどあるけど悔しいから言わねぇよ 」
「そうかよ。友達甲斐のないやつだなぁ 」
「じゃあ いっこだけ言わせてもらうかな 」

ノブになら........もしかしたらできるかもしれないと思った。
まだ 間に合うのかもしれない......

「人の幸せもいいけどよぉ 自分の幸せってやつも考えてみたらどうだ?」
「.......達也.......」
「じゃあな。またそのうちな」
「ああ またそのうち....」





彼女との最後の夜は俺にとっては特別なものだったけど
決してそれを悟られてはいけない。

俺の心の内を......





「美味しかったね。あのお店 気に入ったぁ。また来ようね。」

そう言って屈託のない笑顔で笑う彼女に相槌を打つことも儘ならず
気のない返事しか返してやれなくて.....


初めて彼女を抱いた場所に行き これが最後だと思いながら
もう二度とこの体に触れることはないんだと自分に言い聞かせて
相変わらずベッドの中でも恥ずかしがりやな彼女を抱いた。

まだ乾き切っていない彼女の長い髪がシーツの上で広がって
胸に顔を埋めると 照れたようにそっと俺の頭を抱いて髪を撫ぜる。
最後ぐらいゆっくり事を進めたかったのに俺は我慢できなくて.....
いつだってそうだった。俺は彼女に翻弄されていく。
俺が彼女を抱いてるはずなのに 抱かれてるような気持ちになる。
彼女の肌はとっても綺麗で 薄明かりでしか見たことないけど
それでも俺を吸いつけて離さない.....
声を出すのが恥ずかしいのか時折自分の手を口に持っていって塞いでしまう。
だから俺はいつもその可愛い指をキスで動かす。
彼女の啼く声が聴きたくて........俺を感じてる顔が見たくて......

何度肌をあわせても いつも思う。
彼女の中はあったかくって いつまでも繋がっていれたらって....


まどろみの中 いつものように彼女の髪の毛を触ってるとまた気持ちが揺らぐ。
彼女の顔すらまともに見ることができないなんて.....

別れ話ってのは ほんとに辛いもんだとこの歳になって初めて思った。
俺に嘘をつかせたくないと言ってくれた彼女......


どうかこれが........最後の嘘になるように.....



ちゃんと話せただろうか.....
俺に愛想尽かすように
俺のことを嫌いになってくれるように話すつもりだったのに.......
こんな時にも俺は不器用で思ったようにはいかなくて.....

もっと取り乱すかと思ったけど
彼女は意外に冷静で あっさりと別れを聞き入れた。
最後に名前を呼んで欲しいと言われて俺は.....

本当はそのまま帰るつもりだった。
家に帰らずともどこかで飲み明かすつもりだったのに....
朝まで二人で一緒にいたらと思うと自信がなかったから。

だけど口から出た言葉は......

情けない男だ 俺は.....
名前を呼んだだけでこんなにも苦しい。
少しでも長く一緒にいたいからという気持ちの方が勝ってて
そのまま彼女の横で目を閉じた。
眠った振りをしていたことに彼女は気づいただろうか。
しばらくは彼女が起きて俺を見つめてるのがわかったけど
いつの間にか彼女の寝息が聞こえてきて俺は目を開けた。
最後だから.......せめて寝顔だけでも見ていたかった.....


.....香織......ごめんな.....


朝が来て彼女は俺に一言 帰ろって言ったっけ.....
きっとあの時 彼女の目には
俺はもう うつってなかったように感じる。


あの時の彼女の瞳はたぶん一生忘れられない..............





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