......えみ 何だかんだ言ってうまくやってるじゃん。あの子笑うと可愛いし。
あれで結構お客さんには人気もある方だし........




Legend       まきの物語   (前編)




「まきちゃん ティッシュ持ってない?ハンカチもう使えなくって......」
「しかし よく泣くね。はい ティッシュ 」

なつみさん ゆかちゃんの泣き虫がうつったんじゃないのって感じ。
そういえば彼女の結婚式には出なかったなぁ。
私もちょうどごたごたしてたから......
オーナーとトラブった頃に重なっちゃって。
私ってやっぱり人から見たら愛人なんだよね。たぶん。
誰に聞いたか知らないけど他の男と何かあるのかって疑われちゃって......
愛人の浮気を疑るって.........もう勘弁して欲しい。
大事なスポンサー失くすわけにはいかないし ちょっと頑張ってみた。
久しぶりに愛してるなんていった気がするな。もっとも 嘘だけど。
離婚なんかされても困るし そういう事はあまり言わないようにしないとね。


「まきちゃんが泣いてるの見たことないかも。」
「あなたたちが泣きすぎなんじゃないの?」
「......だって色々あって一緒になった二人だからさ....なんか感動しちゃって 」

誰だって色々あるでしょって思ったけど口には出さなかった。
何事もなく平穏無事で生きていくほど 難しいことはない。

「ねぇ.....まきちゃんが貢いでた男ってどんな人?」
「たいした男でもなかったよ。今思えばね 」


ほんとに今はそう思う。なんであんな男が良かったのかって。
でもあの時は彼しか見えなかった。彼の事しか考えられなくて......


こんな私でも 実は昔 OLをやっていたことがある。一年くらいだけど......
その時に先輩に連れて行かれたパブの従業員の男に私は入れ込んでしまった。
それまでも恋愛は人並みにしてきたつもりだった。
実際その時には付き合ってる彼もいて 例えばその彼じゃないにしても
いつか結婚して普通の平凡な家庭を作るんだって思ってた。
女の子なら当たり前の夢みたいなもんかな。
だけど その男 凌也に出会ったことで私の人生は狂い始めた。


よくある話だよね。ホストに入れ込むなんてざらにある話。
まさにそれを地でいっちゃったってこと。



そこはパブって言ってもほとんどホストクラブって感じの店で
真ん中にダンスフロアのある洒落たお店だった。
凌也はまだ入ったばかりで踊れないって言ってた。
ルックス抜群の彼は私の横でじっと座っててあまり喋らなかった。
他のお兄さんのように肩を抱くわけでもなく時々私に相槌をうつくらいで.....
後で聞いたら緊張してたって言ってたっけ。

二回目に飲みに行った日に あまり話さない彼に店終わるの待ってて欲しいって言われた。
何で?って聞いたら一緒に帰ろって言われた。
私は前に来たときから陵也のことは気に入ってたから断ることはしなかった。
先輩に帰り寄るとこあるからって先に帰ってもらって 閉店まで待ってた。
一緒に帰ればどうなるかぐらいはわかってた。
お酒に酔ってた訳じゃないけど 一回ぐらいはいいかなっていう浮気心だった。
ああいう店は何となくムードに飲まれてしまう気がする。
実際 陵也はかっこいいしセンスも抜群で 彼氏と比べたら悪いけど
こんな素敵な男に誘われて行かない女なんていないでしょって思った。

彼はあっちの方も得意だった。......ていうか相性の問題もあるんだろうけど。
本音を言えば.....その時の彼氏よりも良かったかも。
その日はホテルに泊まったけどお金を出したのは.....もちろん私。
当たり前といえばそうなんだろうけど.......
普通に 払ってもらうのが当たり前でしょって顔されて
その時は私もそんな事は初めてだったしちょっとだけ嫌な気がした。
だけど もう二度とないだろうしいいかなんて簡単に考えてた。

翌日は休みだったので彼氏とデートして夜は普通に抱かれた。
さすがに ちょっとやめとこうかなって思ったりもしたけど
拒否する理由も思いつかなかったし ばれることはないだろうって思って。

月曜日に会社に行ったら先輩がやってきてあれからどうだった?って聞くから
何もありませんけどって誤魔化したけど先輩はなぜか全部知ってた。
実は先輩もあの店の店長さんに入れ込んでるらしくって......
あの日は先輩もあれからその人とホテルに行ったらしい。
私の事も全部知ってる という事は.....凌也が全部話したということになる。

店に電話して文句いってやろうと思ってたのに彼の声が受話器から聞こえてきて
途端に何も言えなくなってしまって.......
今日は店が暇だから今から来て欲しいと言われた。
私は直接会って話したほうがいいかもと思って一人で行くのは躊躇したから
先輩に声をかけたらすぐにOKの返事が来た。

店に行ってすぐに 呼ばなくても私の横に座る凌也.....
どうやらここでは 私は彼のお客さんになってるらしかった。
先輩の横にはもちろん店長さん。
店長さんはとってもダンスが上手くて先輩をリードしながら楽しそうにフロアでジルバを踊ってた。

「陵也くんさ 店長に話したの?こないだのこと」
「怒ってる?ごめん。でも清美さんは俺のだっていっとかないと取られても困るでしょ。」
「いつから 凌也くんのものになったんだろ。私」
「そんな怒んなくてもいいじゃん。ねぇ 今日は遅くてもいいの?」

話にならないって思った。これじゃ来た意味がないって.......
だけど私の肩を抱き他の男には触らせないって言ったり
自分が噛んでたガムを私の口にキスで移して遊んだり
今までそんな事したこともなくって......
この女は俺のものだと人前で誇示する彼のペースにどんどん嵌まっていった。


私はこの日も 平日だというのに朝まで彼と一緒に過ごしてしまった。
先輩と一緒に店を出たけど 帰る振りをして実は近くの深夜喫茶で待ち合わせてた。
翌日は仕事もあるのに それにこんなに遅くまで遊んでたら親にもきっと叱られる。
そう思ってたのに眠くなっても彼が来るのをずっと待ってた。
やってきた彼が腹が減ったっていったから一緒にラーメンを食べに言った。
スーツを着たままラーメンをずるずる言わせてる彼がミスマッチで笑った.
こんな時の彼はお店で見る凌也とは違って とても普通にみえた。
夜のお店の照明はどんな人でも素敵に見せてくれるもんなんだなってこの時に思った。

ラーメンを食べながら彼は ぽつぽつと話しかけてきた。

「清美さんさ こないだの事 遊びだと思ってるよね。」
「.......違わないでしょ。」
「俺さ こんな仕事してるけど清美さんの事 本気みたい。」
「.......嘘でしょ?みんなに言ってるんじゃないの?」
「本気で惚れるなよって店長に言われてたのになぁ。」
「そんな......簡単に好きになれるものじゃないじゃん。」
「信じてくれないか。そんな軽薄に見える?」
「うん 見える。」


ひでーなぁって言いながらラーメンの汁をすする凌也.....
そんな素顔の彼を見てしまってから私はますます彼にのめりこんでしまった。
言いたいことだけ言ったら帰るつもりでいたのに結局その日も.......

その晩の彼は私に優しくて 俺の事 信じてよって何回も言ってた。
ホストの言うことなんて嘘だって事ぐらいわかってた。わかってたはずなのに.......
どうしてなのか なぜこんなことしてるのか 自分でも制御できなくて
ほんの遊びのつもりだったのに.....
恋は盲目ってよくいったもんだよね。私にはもう陵也しか見えなくなってた。


凌也にうちの電話暗号を教えた。当時はまだ携帯電話も普及してなかったから。
家族は彼氏の事を知ってるので他の男から頻繁にかかる電話に時々嫌な顔をされたけど
最近できた友達だよって言って誤魔化してた。
彼氏とも普通に会ってた。彼の事が嫌いになったって訳じゃないし.....
もしかしたら保険のつもりだったのかもしれない。
彼は本命で凌也が遊び......そう思うようにしてたから。



時々かかる凌也の電話のほとんどは いますぐ店に来て欲しいというものだった。
それも今なら分かる。ただ売り上げが少なかっただけの事なんだろう.......

暇だから今ならずっとそばにいられるよって言われると
いてもたっても居られなくなって タクシーを飛ばして彼の所へ通った。
だけど会うたびに関係を持つわけじゃない。
そんな事してたら私はお金がいくらあっても足りないって思ったから
お金が無いときには今日は帰るねって言って早めに帰ったりしてた。
その時はまだそれで何とかなってた.......

先輩に誘われて行くときは週末が多いので他のお客さんがたくさんいる。
そんな時に 彼が他のお客さんの肩を抱いて居るのを見るのがとても辛かった。
いつの間にか陵也は店の男の子の中でも人気のある地位にいた。
でもそんな忙しい中で時々私の席に来てちょっと休憩させてって言う陵也。
忙しいからごめんなって言いながら私にキスをして.....
他のお客さんが見ている前でも平気な顔して私を抱きしめる。

これを特別扱いされてるって思わない女が何人いるんだろう........
それともやっぱり私が馬鹿だったんだろうか。

ある日 陵也から日曜日に映画を見に行こうって誘われた。
外で私と会うなんて ただのお客さんとそんな事するだろうか。
そう思った私は付き合ってた彼氏との約束も断って
陵也と映画を見に行った。映画代を払ったのは彼だった。
食事して二人で彼の知り合いのお店に飲みに連れて行ってもらって
その日 私がお金を出すことはなかった。
それが本当に嬉しくって......でもそんな当たり前の事が
私には当たり前じゃなくなってたみたいで
最後にホテルに行ったあと陵也にお金払わせちゃいけないような気がして
馬鹿な私は.........ここは私が出すからいいよって言ってしまった。
陵也は じゃそうしてって普通に言った。

考えたらあの時から私の感覚は壊れてたのかもね......







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