まきちゃんってば もっと話したかったのにぃ.....
さすがに新婚ほやほやの香織ちゃんには愚痴れないしさ。
えみちゃんはさっきのイケメン君と消えちゃったし。
結構 男前だったな 彼。


happiness         なつみの物語



愚痴って程のもんじゃないけど最近ちょっと考える。
あまりにも何も起きない生活に退屈になってるだけだと思うけど
幸せってこんな感じなんだろうか.....
私の望んだものってこれなんだろうかって思ったりする。
毎日 掃除して洗濯して食事の支度して
主婦だから当たり前なんだけど......
こんな風にタクシーに乗るのも久しぶりって感じ。


正直言って旦那とは香織ちゃんみたいな熱烈な恋愛をして結婚したって訳ではない。
職場で知り合って付き合って下さいって言われて.....
それはきっと普通の事なんだけど.......
その前に強烈な恋愛しちゃったからかな。


健吾......元気なのかなぁ.......




別にお金が欲しかったわけじゃなくって何となく始めたバイトだった。
その時も変わらない日常に飽き飽きしてた。
腰掛程度に働いて そのうち結婚するんだからって思ってたから 仕事のスキルアップを図るわけでもなかった。
そんな時に会社の男の子が京子さんを知ってて
女の子探してるって 良かったら手伝ってみないかって言うから......
ちょっとだけ濃い目のお化粧して出ればわかんないかなって思って
会社には内緒にしてバイトを始めた。


一番大変なのは親だった。
いい年してって思われるからあまり人には言わないけど
うちの親ははっきり言って 過保護 過干渉 の代名詞みたいな人たちだ。
帰りがちょっとでも遅いと大騒ぎするから大変で.......
学生時代の友人もあまり私を誘ってくれなかったし
だいたい とっくに成人した娘に門限があるなんて考えられない。
ちなみに門限は夜の10時だったのを 社会人なんだからって何とか0時にしてもらってた。
同僚と飲みに行って一回だけ時間を過ぎてしまって帰るなり夜中に叱られた事がある。

その時も バイトしたいから遅くなるよって言ったらすごく怒られたけど
逆に私のほうが頭にきてしまって.......ちょっと反抗してみたくなった。

私は香織ちゃんと同じ一人っ子。
彼女が一人で暮らしてるって聞いたときはいいなって思った。
だけどそんな両親の元で育ってる私にはきっとできない事だとも思ってた。





健吾と付き合いだしたのはお店に入ってからしばらくした頃だった。
初めて健吾を見たときに思ったのは見た目も印象も私の理想どおりの人だってこと。
京子さんが羨ましくて仕方なかった。
そんな彼の事を チャンスを伺って私の方から誘った。
京子さんが今の旦那さんと付き合ってるのを知って健吾に告げ口したのは.........私。
人のいい彼はきっと気がついてないだろうと思ってた。
だけど 随分前からもう京子さんとは終わってるも同然だって言ってた。
彼女をママにしたのはお客さんをたくさん持ってるからだって。
利害関係のある男女関係だから別に他に男いたって構わないよって。


健吾は小さい時から苦労してるらしくって
子供の頃の話を聞いて泣いちゃったことがある。
お父さんは働かなくって俗に言う酒乱ってやつだったらしい。
お母さんと妹に美味しい物食べさせたくって色んな事してきたって
それまでの彼の人生は私には想像もできないもので
平凡に生きてきた私はその時だけは親に感謝したのを覚えてる。
お金の苦労をしたことは今まで一度だってなかったし.......
みんな色々な人生を送ってるんだなって思った。


そんな彼が借金までして始めた店なのに
私がママになることでお客さんが減ってしまったんじゃないかと思うと
今でもちょっと申し訳なく思う。


健吾から京子さんが夜の仕事を辞めるって聞いたときは驚いたけど
それよりも驚いたのは私にママになれって言った事。
そんなの絶対無理だよって言ったのに 京子さんにもそれは話すからって
お前がママになってくれたら俺が安心できるだろっていうから......


私が休みの日の昼間に京子さんから電話があって会いたいと言われた。
京子さんはオーナーと私の事を知ってるから......
彼女から お店を頼むねって言われた。
まきちゃんもいるからきっと大丈夫だよって.....
京子さんは決して悪い人ではない。むしろ誰にでも優しい人だった。
何かあったらいつでも相談に乗るからって
だけど 健吾の事は相談しないでよって笑ってた。


それからはお店も頑張ってたつもりだし健吾ともうまくいってた。
二人で会うときの彼はいつだって普通の恋人同士のように接してくれてた。
まるで 家庭があるとは思えないほどに 私たちは愛し合ってた。

そんな時に京子さんが結婚したって聞いて......
結局私は 健吾とは結婚なんてできないんだなって思うと虚しくて
私から健吾に別れ話をしたことがあった。

だけど健吾は........ 
別れたくないって お前が好きだからって
奥さんとはもう冷めてる 離婚も考えてるってそう言うから
.......私はそれを鵜呑みにしてしまった。

もしそれがほんとなら 本当にいつか別れてくれるなら
それまで我慢して待ってればいい......そう思った。
だけどその代わりに私は健吾に条件を出した。

「奥さんと別れて私と......いつか結婚してくれるんだよね。」
「約束する。女房が離婚に応じればすぐにでも一緒になりたい。」
「じゃあ......私の親に会ってくれる?」
「親って.......」
「ちゃんと付き合ってるって言ってくれるだけでいいの。
じゃないと 親が心配するからさ。お見合いの話とか来ても困るでしょ。」


健吾は渋々納得して それで信じてもらえるならと
私のうちに遊びに来てうちの両親にも挨拶をした。
年頃の娘が彼氏を連れてくれば当然 結婚するものだと親も思う。
そうなれば健吾は私からは逃げられないだろうとそう思った。
...........浅はかな私の考えそうなことだ。





お店がどんどん暇になって健吾は支払いに追われてたらしい。
売り上げが少なくても人件費はかかるし店を開ければ電気代だってかかる。
どんなに暇でも私は京子さんのようにお客が呼べるわけじゃない。
所詮は素人なんだから無理に決まってた。
まきちゃんのお客さんがいたからあそこまでもってたようなもんだ。
経営の事なんて私には全然わからなかったし 
健吾も初めての事で簡単に考えてたところがあったんだろう。


店を閉めるからって言われるまでは私は何も聞かされてなかった。
それどころか離婚の話はどうなったの?って何度も詰め寄ってた。
あの時の健吾はきっと八方塞がりな状態だったんだろうと思う。
そんな自分を.......最低な人間だって思った。
それでも私に嘘をつき続けなければならなかった彼の気持ちを
どうして私はわかってあげられなかったんだろう。
健吾はどうしてほんとの事 言ってくれなかったんだろう。



あの日 香織ちゃんが一緒にいてくれて良かったと思う。
健吾の奥さんは本当にどこのでもいる普通の奥さんだった。
そういう言い方は失礼かもしれないけど......
奥さんがおかしくなったって聞いてたから私は責任を感じてた。
自分にせいで奥さんを苦しめてるのなら謝らないといけないって思ってた。
本当は健吾の事も もう諦めるべきなのかもって。
それなのに.......奥さんは逆に私に頭を下げた。
それがすごく悲しくて 惨めで......
旦那が浮気してるなんて きっと夢にも思ってないんだろうなって
健吾の言ったことは全部 嘘なんだなって思うと悔しくって......


私は絶対に幸せになってやろうって思った。
素敵な人と結婚してあったかい家庭を作ってやる。
健吾が私を手放した事を後悔するくらいの幸せな結婚をしてやるんだって。


その為にはまず自分を磨かないといけないって考えた。
仕事も頑張って資格も取ってもっともっといい女になってやろうって。
皮肉にもあの悔しさがあったから頑張れたんだと思う。
毎日が充実してた。恋愛してなくてもやることはたくさんあった。

両親には 健吾とは別れたとだけ伝えた。
私が落ち込んでるとでも思ったのか あまり煩いことは言わなくなった。

そんな時 今の旦那に出会った。
どこにでもいる普通のサラリーマンだった彼は 誠実を絵に描いたような人で
水商売をしてたって事がばれた時にはもう駄目かもって思った。
私はその時 彼に健吾との事を全部話した。その恋が不倫だったってことも。
先々にもし彼の耳にそのことが入ることがあったら嫌だと思ったから。
それならばいっそ話してしまってそれで駄目になるならそれも仕方ない。
他の誰かの口から聞くよりも私から話したほうがいい.....
別れを覚悟して話したら彼は優しく言ってくれた。
辛い恋愛したんだなって。相手の人もきっと辛かっただろうなって。
人を好きになるのに法律はあまり関係ないもんなって笑ってた。
昔の事は気にしない。教えてくれてありがとなって。

私はこの人となら絶対に幸せになれるって思った。
結婚しようって言われたときは本当に嬉しかった。
両親も喜んでくれたし.......



今の旦那に不満があるわけじゃない。
あれからもずっと変わらず優しいし 子供も可愛がってくれる。 
何より私の事をとても大事にしてくれてるのがわかるから。
でも.....このまま妻として母として私の人生は続いていくんだなって
そんな事を考えるとなんだか寂しくなったりして.....


だけど子供の成長を楽しみに生きていくのも悪くないのかもね。
いつか子供が巣立ったときにはもう一回旦那と恋愛ができるかもしれないし。
その時はもうおばさんとおじさんだけどね。
二人で腕組んで歩くのもいいかも。昔あったよね そんなCM。



それにしても........香織ちゃんと那美さんって私には理解できない。
那美さんみたいに浮気性の旦那もつとそれはそれで困りものだよね。
うちの旦那はその点 そんなにもてそうにないからな......
それはそれでどうなんだろなって感じだけどさ。





「おっ 恵理子 お帰り。」
「ただいま」
「どうだった?」
「すごーく幸せそうな夫婦だったよ。」
「そっかぁ。よかったな 恵理子泣いただろ。化粧がまったくないぞ。」
「げっ」
「今日は久しぶりに二人だからさ 何か食いに行こうかと思ってたんだけど
どうやら もう腹いっぱいって感じだな。」
「......っていうかさ まだ言ってなかったんだけどさ.....」
「おい 何だよ。気になる言い方するなよ。」
「......もしかしてっていうか たぶんできたっぽい。その......」
「ってまじで?ほんとか?」
「明日 病院行こうかと思ってるけどまだちょっと早いかなぁって感じで....」
「俺も行く。仕事休む。」
「はぁ?何言ってんだか。聞いたことないよ。そんなの。」
「美月の時にはおまえが一人で黙って行っちゃったから感動し損ねたんだぞ。」
「だからって 仕事休むことないでしょーが 」
「有給あるから大丈夫。てか 恵理子 もう寝ろ。疲れは良くない。」
「ちょっと...えっ.....ご飯食べに行くんじゃないの?」


そしてさっさとベッドに入れられた私は横になって考えた。
きっとこれが幸せって事なんだろうなって......
同じような毎日の中のこんな出来事のひとつひとつが積み重なって
私の幸せの歴史になるんだなって.....
横でお腹をすかせたまま私のお腹を触ってる旦那をちょっと大げさだって思うけど........
この人が私にいろんな幸せをもたらしてくれてるのは事実だしね。

明日は美月を迎えに行って三人で産婦人科に繰り出しますか!
それから 何か美味しいものでも食べに行って
あ 今のうちにあのワンピース着とかないと すぐに着れなくなっちゃう。


.......そういえば マタニティってどこにしまったっけ?








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