昨夜は明け方まで眠れなくてかなり眠そうに見えたらしく
喫茶店のママさんに昨日休みで遊び過ぎたなって言われた。
寝すぎただけです といって笑って返した。
何だか心が痛かった.........



 カフェテラス  7


昨日電話で吉永さんが言っていた薬品会社の牧村さんが
今日もいつもの通りカウンターの一番左に座った。
ここは私がコーヒーを入れるのに一番近いのでつい話しかけられてしまう。
吉永さんも空いてる時はこの席に座っているけど
牧村さんは昼ごはんを12時前に食べに来るので最近は彼の指定席になりつつある。
ちょっと複雑でちょっと残念。
でもさすがに喫茶店にリザーブ席はないしね。




「香織ちゃん 今度どっかドライブ行かない?」
「え?私と......ですか?」
「この辺りの名所とか案内してくれないかと思ってさ。」

どうしよう。無下に断るのも悪いし......かといってそんなに簡単に言われても.........

「あの......」

「ちょっと 牧村さん うちの女の子許可なく誘っちゃだめよ。ここは飲み屋じゃないんだから。」

ママさんが助け舟を出してくれた。
言葉の最後の飲み屋じゃないってところで心臓がどくんと跳ねた。

「香織ちゃん誘うときは ちゃんと私に許可とってからね。」

そういって愛想よく笑った。さすがだてに年齢は重ねてない。


ママさんは子供さんがまだ小学生だけど今40代半ば。
ご主人はよそで会社勤めをしていて ここはほとんどママさんの趣味みたいなお店。
それにしてもこの店は よそに比べて流行っている方だと思う。
この喫茶店は料理が美味しい事が評判で 来るお客さんのほとんどが食事目当てだ。
もっとも食事では儲けがあまりないとママさんはこぼしていたけど........
私もお昼は賄いをタダで頂くのだけど それはその日のランチを食べさせてもらえる。
コックさんの料理はどれも本当に美味しい。その分食費が浮いてるので助かっている。
このコックさんは以前はどこか有名なお店で働いていたらしいけど訳ありみたいでここにいる。
詳しくは聞いたことが無いけど....
夕方も早くお店を閉めるみたいで私も5時にはあがれる。
朝はモーニングの時間帯で結構忙しいので私は8時半くらいには出るようにしてる。
私にとっては色々と好都合な職場なのだ。

「牧村さん 私 地元の人じゃないし車乗らないから案内は無理かも。なのでごめんなさい。」

ちゃんと返事を返さないと相手に失礼になるかなと思ってそう言った。

「いいよ。気にしないでよね。」

牧村さんは大丈夫だからと笑っていた。きっと悪い人ではないと思う。


「よぉ。ランチとコーヒーよろしく。」
「はーい。」

大体定刻どおりに吉永さんが食事にやってきた。
カウンターの席が埋まっていたのでテーブル席に座った。

「お待たせしました。今日はハンバーグだよ。」
「サンキュ。」

暫くして牧村さんは帰るらしく席を立って会計を済ませるため私に声をかけた。

「さっきの事気にしなくていいから。ていうか今度はママの許可とるからさ。」

そう言って屈託なく笑ってまた明日ねと帰って行った。


今の聞いてたよね......吉永さん

きっと今晩 何のことか聞かれるんだろうなぁ なんて考えていたら

「香織ちゃん。コーヒー」

ほらね 機嫌の悪い声がする。ほんとにわかりやすいなぁ。

「お待たせでした。コーヒーです。」
「........あいつ何か言ってきたの?」

小さな声だけど私にはちゃんと聞こえたよ。

「あとで話すから。」
「ん。」




その日は月曜日のせいなのか夜のバイトは暇で早い時間はお客さんも来なくって
そして京子さんは今日からもう店には出ないそうだ。そんな急に.....。
でもそれよりもママの交代劇の真相がわかって商売どころではない。
思ったとおりというか成程というかオーナーの新しい彼女はなつみさんだった。
何となくそうじゃないかとは思っていたから大して驚きはなかった。

「色々迷惑かけると思うけど私が店任されることになっちゃったみたいで.....これからもよろしくね。」

なつみさんは いつも手入れの行き届いたロングストレートの黒髪を耳にかけながらみんなに言った。

「でもさ いつからオーナーとそんな関係になってたのぉ?」

興味深そうにまきちゃんが聞いてみた。私も知りたいかも.....

「最近だよ。まだそんな経ってない。ママとはだいぶ前から上手くいってなかったらしいし。」
「ママはあなたでしょーが。」
「私の事ママって呼びにくかったら今までどおりなつみでいいからね。」
「だめだよ。お客さんの前ではちゃんとママって呼ぶから心配しないでね。」
やっぱりまきちゃんは気が利く子だな。示しつかなくなるからね。

それからもうひとつの事実を知った。オーナーは結婚しているそうだ。
子供も二人いるらしいけどなつみさんの話では夫婦仲は冷め切っているという。
私はそんな話を聞きながらオーナーのその言葉を信じているなつみさんの事が
何だか心配になってしまった。本当の事は正直わからないんじゃないのかな.....


「今日はまた暇そうだな。ぼったくられそう。」

入ってくるなり吉永さんはそう悪態をついた。

「いらっしゃいませ。ってそんな酷い店じゃありません。」


「もう聞いたかな?今日から私がママでね。京子ママ辞めたんだぁ。
でもちゃんと今までどおり来てくださいね。」

おしぼりを持ってなつみママが挨拶に行ったから私は敢えて傍には行かなかった。
早く隣に座りたいけどなつみママの最初のお客さんな訳だし......
仕方なく厨房に入ってチャームのチョコをつまんでいた。

暫くしてカーテンが開いてなつみママが顔を出した。

「呼ばれてるよ。ゆかちゃん。ご指名。」
「はい。今出ます。」

気がつくと他にも一組お客さんが入っていた。
厨房に入ると気づかないから注意してないといけないな。



「ゆかちゃん ちょっときなさい。」
「何で命令口調なのさ?」
「で.....?」
「何でしょうか?」

何を聞かれたのかはわかっていたけどわざとはぐらかしてやった。

「何言われた?あいつに」
「あいつって?」
「名前知らないじゃん。」

これ以上はまずいな。今にも怒り出して帰っちゃいそう.....。それは......嫌だもん。

「どっかいこってさ。車でね。ドライブ」
「それで?行くの?」
「私より先にママさんがお断りしちゃったよ。」

私が呆れたように両手をあげると吉永さんはすごく近くに顔を近づけて耳元で囁いた。

「ママさんが断らなかったら行ったんだ。」

だから....顔近いよ。それに何か変だよ。いつもの吉永さんと違う気がする......


「行かないよ。私より先にって言ったじゃん。」
「ほんとか?」
「もし行ったとしたら?吉永さんまたやきもち妬いてくれる?」

つい雰囲気に呑まれて馬鹿なこと言ってしまった。後悔した。

「..........まじで嫌かも。他の男の車乗られるの。」

ほらね。やっぱり困ってる。そりゃそうだよね。私彼女でも何でもないし。
でも今日の私はもう止められなくなってる。

お願いだから..........


「なんで?吉永さんの車にも乗るし問題ないでしょ。」
「意地悪だな。今日は 」

お願いだから.....私は一言が欲しいだけなの...............


「そんなことないよ。吉永さんがはっきりしないからだよ。」


「.....帰り...一緒に帰ろ。待ってるから......」
「...うん 暇だから早く帰れるかもしんないし.....」

とうとう言ってしまった。自分の心拍数が上がってるのがわかる。
私 どうしちゃったんだろう。浅ましい女に見えるかもしれない。
でも吉永さんの気持ちを確かめたかったから。どうしても知りたかったから。

それからもやっぱり店は暇でなつみママに早く帰っていいかと聞いたら

「大丈夫だよ。.....吉永さんと帰るの?」
「うん。送ってくれるって.....言ってるから。」
「お疲れ様。また次ね。今度は水曜日だよね。」
「あ はい。お先に失礼します。」

なつみママはきっと私達二人の空気に気がついてると思った。


駐車場までずっと手を繋いで歩いた。きっともう後戻りできない。
車に乗ってからすぐ吉永さんに腕をつかまれてそのまま胸の中に引っ張られた。

「どうして?何も言わないんだね。.....ずるいよ。」

きつく抱きしめられた腕の中で私は小さな声で呟いた。
私の胸の音が伝わっているはずで.....
彼が私の顔を見つめてたった一言

「.......お前が好きだから....もういじめるな。」

そういって優しくキスをした。


......やっと言ってくれたね.......


本当に満たされた気持ちってこういうんだなってそのとき思った。

「ごめんね。もう...意地悪しない....」

吉永さんへの想いが溢れでてきてそれが涙に形をかえていく。

「泣かないで....ごめんな」

何に対するごめんなのか分かってる。でも もういい。

「吉永さんの事好きになりすぎて涙出ちゃった.....」



「....どっか いこっか......」



返事はしなかったけど車は走り出して近くのホテルに入っていった。



その日私は吉永さんに抱かれた。何度も好きだと言ってくれてその度に泣いてしまったけど
その度に優しく涙を拭ってくれて大事そうに抱きしめてくれた。
幸せだった。たとえ何も約束できない関係でも 私は本当に全身で喜びを感じていた。

でもやっぱり夜が明ける前には吉永さんは帰らなければならなくって......
彼には帰るべき場所がある。大丈夫。わかってるから......

先に私を送ってくれて車を降りかけた私にもう一度キスをした。

「ありがと。今から帰ったらそのまま出勤じゃない?」
「そんなの気にするな。じゃあな」

そう言って私を下ろしたあと帰っていった。
もう朝晩が涼しくなっていた。



もうすぐ 秋になるんだな................









      
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