「ただいま。お父さん帰ってる?」
「何だ?早く入りなさい。」

中から声がする。横を見ると.....ノブさん緊張してるみたい。

「ちょっと待っててね。」


   カフェテラス  39


私は一人で中に入ってお父さんに会って欲しい人がいることを伝えた。
下着姿だったお父さんはちょっとお酒が入ってたけど慌てて着替えて
あがってもらいなさいと言った。

玄関に行くと何とノブさんはお父さんより先にお母さんに捕獲されてて.....

「ちょっとお母さん 変なこと言ってないよね。」
「ね?親に向かってこんなこと言うんですよ。」

ノブさんはくすくす笑ってる。もう お母さん何いったんだろ。

「さあ どうぞ 早く上がってください。」
「お邪魔します。」

お父さんは 今まで見たことも無いくらいに緊張してて
ノブさんの方がずっと落ち着いて見えた。

「秋山 信之といいます。急に申し訳ありません。今日はご挨拶にきました。」
「......まぁ とりあえず堅苦しいことは.....良かったら一杯いかがですか?
丁度 飲んでまして。香織 ビールもう一本持って来い。」
「いただきますが 酒を飲む前にお話したい事があります。」
「..................」

お父さんは私の顔を見て 私はお父さんの顔を見て......ノブさんの隣に座った。
お母さんも私に習ってお父さんの少し後ろに正座した。

「実は私は香織さんとだいぶ前からお付き合いしてます。」

ノブさん どこから話すつもりなの?

「ですが自分が至らなかったばっかりに香織さんに辛い思いをさせてしまいました。
本当に申し訳ありませんでした。」
「ノブさん そのことはもういいから。」
「香織!.....黙って聞きなさい。」

お父さんの声に怯んでしまった。ノブさんは悪くない。私が勝手にしたことなのに。

「こちらに帰らせることになったのは私の責任です。でも私には香織さんしか考えられません。
もう二度と泣かせるようなことはありません。誓います」
「ノブさん.......」
「香織さんと一緒になりたいと思ってます。結婚させてください。お願いします。」

頭を下げた彼をお父さんは黙って見てたけど しばらくして口を開いた。

「......こっちに帰ってきたとき この子は本当に淋しそうな顔してました。
きっと何か辛いことがあったんだろうと女房とも話しました。
やっと最近になって少し元気になった気がしてたんですが......」

お父さん........

「何があったのかなんて聞くつもりはありません。一度は外に出した子です。
この子には自分の好きな道をいって欲しいと思ってます。女房も同じ考えです。
ただこの子が幸せになってくれればそれでいい。」

ノブさんはお父さんの顔を見てじっと話を聞いてた。

「..........なかなか子宝に恵まれなくってやっとできた娘です。我儘に育ててます。
小さいときからずっと甘やかしてきました。......こんな娘でも本当にいいんですか?」

「私が結婚するのは香織さんしかいないと思ってます。どうかお願いします。」

頭を下げたノブさんを見て私もお父さんとお母さんに向かって正座で頭を下げた。

「香織 よかったな。お前 こんな風に言ってもらえて.....」
「........はい......」
「秋山さん こんな至らない子ですがどうかよろしくお願いします。」
「ありがとうございます。必ず幸せにします。」

泣き虫な私は これまでで一番 幸せな涙を流した.......



「さあ 一緒に飲みませんか?あ 秋山さん 車ですか?」
「はい。.......ですがいただきます。近くでビジネスホテルでも取りますから」
「あら 泊まっていったらいいんじゃない?ねぇ お父さん」
「そうですよ。そんなことは心配しないで今日は飲みましょう。」



なんだかんだでノブさんはうちに泊まることになってしまい......
それから我が家で小さな宴会が行われた。

「香織 お母さんに言ってなんかつまみ持って来い。」
「はい。」

台所のお母さんは立ったままじっとしてて声をかけたけど
向こうを向いたままエプロンで涙を拭いてた。

「.......お母さん 心配かけてごめんなさい。」
「香織 良かったね。いい人で....」
「うん。ありがとう。」

お母さんは自分で漬けた糠漬けを私に切るように言った。

「あんたが結婚するときに持たせてあげたくてね....」

お母さんは床を混ぜながら静かにそう言った。
私は美味しそうなきゅうりを切りながら母親の愛情を感じてた。

他にもありあわせで色々作ってしまうお母さんは本当に見事で.....
もっと台所を手伝っておけば良かったとちょっと反省した。

飲んでいる二人の所にできたおつまみを持っていって
部屋の扉を開けようとしたときお父さんの声が聞こえた。

「自営業なんですか?ご自分で.....」
「はい。」
「景気はどうですか?」
「今のところは順調です。前ほどじゃないですが....」
「そうですか。」
「でもどんなことしても香織さんを食べさせていく自信はあります。心配しないで下さい。」

ノブさんの誠意が伝わってくる。私の涙腺壊れちゃいそう......。
「はい。お待たせ。」

また泣きそうになった私は扉を開けて二人の前におつまみを出した。

「ノブさん お漬物好きだよね。これお母さんの糠漬け 食べてみて。」
「........旨い。これで飯三杯はいけそ。」
「そう?良かった。これ私に少し持たせてくれるって お母さん。」
「そりゃ 嬉しいな。毎日 食えるな。」

ノブさんはそう言いながら美味しそうにきゅうりをぽりぽりと食べてた。

「でもそれは毎日混ぜないとすぐに駄目になるからね。」

お母さんが次のおつまみを持ってきてそう言った。

「そうなの?毎日かぁ 忘れそう.....」
「そうよ。夏は暑いから朝と晩の二回 冬なんか冷たくってね。」
「大変なんだねぇ......床の世話って....」
「そうね。もう子供と一緒よ。毎日手を掛けて何年も育ててやっと今の味になるの。」

お母さんの言葉の中には私への想いがたくさん詰まってた。
私を産んで育ててくれたお母さんに感謝した。


あまりお酒に強くないノブさんは必死にお父さんに付き合ってたけど
うちのお父さんに勝てるはずもなくやっぱり先に潰されてしまった。

さすがに同じ部屋はないだろうと思ったけど.....
うちはそんなに広くないから結局お母さんの一言で
ノブさんは私の部屋に寝ることになった。

「さすがに今日はこのまま寝るでしょ。いいじゃない。ね お父さん」

お父さんはご機嫌だったので構わないって笑ってたけど......
お母さん それはどういう意味でしょう?


「ノブさん.....寝ちゃった?」
「いや.....起きてるよ。」
「今日は怒涛の一日って感じだったよ。ノブさんって行動力あるね。かっこよかったなぁ。」
「のろまなお姫様に惚れちゃったものですから。」
「のろまって.....人を亀みたいに.....」
「でも亀にしては逃げ足速いからな さっさと捕まえないとな。」

ノブさんはそう言って私を自分の胸の中に引き込んだ。
久しぶりに感じる彼の体温が心地よくって......

「それにしても親父さん 酒ほんと強いのな。香織の酒豪はやっぱ親父さん譲りだな。」
「ごめんね。飲ませちゃって......お父さん嬉しいもんだから」
「いい親父さんだな。おふくろさんもさ。」
「うん。まあね。そんな風に言って貰えると嬉しい。」

私はそこでとっても重大な事に気がついた。正直浮かれ過ぎて考えてなかった。

「ノブさん 私その.......ノブさんのご両親にも会うんだよね。」
「結婚するんだから当たり前でしょ。」
「どうしよう。私.......」

だってノブさんは........
あれからそんなに経ってないのに私と結婚するなんて言ったら
きっとご両親はいい顔してくれないと思う。
さっきまでの高揚した気持ちが一度に不安に変わる。

「何をどうするんだ?服なんてなんでもいいぞ。俺だって今日普段着だったし。」
「違うよ。そうじゃなくって.......」
「冗談だよ。心配ないから.....香織の事は話してあるし。」
「え....そうなの?」
「今回のこともみんな知ってる。君に逃げられたことも。」
「さらに......どうしようって感じなんだけど....」
「自分が幸せにしたいと思った人と一緒になるのが自分の一番の幸せになる」
「え?」
「親父にもお袋にもそう言われたから。俺が幸せにしたいのは香織だし....」
「ノブさん.....」
「だからお前と一緒になるのが俺にとっての幸せになるって事だろ。」

今日は一体どれだけ泣いたかわからない。
ノブさんの胸に顔を埋めてまた泣いてる私の頭を撫ぜてから

「......香織 だから反応するからやめなさい。」

ノブさんがそう言うからおかしくって二人で布団かぶって静かに笑った。
そしてノブさんは私にあの時と変わらない優しいキスをしてくれた。
今日はこれだけなって言われてちょっとだけ......残念かな。

「香織 オルゴール持って出ただろ。もしかしてもう.......」

私は布団からそっと出て箪笥の引き出しを開けてオルゴールを取り出してから
もう一度 布団の中に潜り込んだ。

「ちゃんとあるよ ほら。くまさんもね。へへ」
「良かった。捨てられてるんじゃないかって思ったらちょっと不安でさ。」
「ねぇ なんでテディベア?このネックレスもだよね。」
「お前に似てるから?」
「うそっ 似てないし」
「イメージかな。可愛いところ。」

布団の中は真っ暗で私の顔の色が見えなくて良かった。
きっと真っ赤だもん。だってほっぺた熱いし......

「俺さ ほんとにちょっと心配した。他の男できてるかもってさ。」
「そんなすぐに忘れられないよ。ノブさんのこと....」
「そっか。安心した。」
「もし 他の男居たらどうする気だったの?」
「絶対に取り戻す。もう一度惚れさせる自信あり。」
「ノブさんって 案外 強引なんだね。」
「強引なのは嫌いか?」
「ぶっぶー 不正解。そんなとこも大好き。」

今度は私からノブさんに軽くキスをした。
でもすぐにノブさんに取って代わられて熱いキスに変わる。


「......やばいな......香織....どこまでなら我慢できる?」

ノブさんの手が私の胸までやってきたけど.....

「...... 駄目だよ......ここ壁薄いんだから。今日はもう寝なさい。」
「.......あい。了解しました。」

本当は私だって......でも今日はさすがに我慢しよう。
お母さんに遠まわしに言われてるしね。


でも.....やっぱり...........声......ださなきゃいいわけだし/////.....

ちょっとくらいは?......もうきっと二人とも寝てるだろうし.....


.......ん?.......何ですと?
隣から気持ちよさそうな寝息が聞こえてくる.......

.....ていうかノブさん 寝ちゃってるし......

色々考えて損した......考えてみたら.お酒そんなに強くないもんね。

私はノブさんの腕の中でもう一度確かめるように指輪を見てから目をとじた。




   

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