ノブさんは病院にいったきりずっと帰ってこない。
何度も電話はかかるけど お前は何も考えるなって言ってた。
そこで待っててくれって.......

だけど 仕事も私じゃ何も手伝えないし.....
結局 待つしか術のない私はノブさんの仕事用の大きな椅子に座って色々考えてた。



カフェテラス  33



彼女は彼の子を妊娠してた。
きっと別れても彼を愛してたから産むつもりだったんだろう。
私はどうすればいいんだろうか....



連絡があって二日後 ノブさんは帰ってきた。
疲れた顔して.......きっと眠ってないんだろう。


「大丈夫か?香織」
「うん。ノブさんこそ.....寝てないんじゃないの?」

そんなに憔悴した体で それでも私の事を気遣ってくれる。

「香織の淹れたコーヒー.....飲みたくて帰ってきた 」
「........今すぐ淹れるね 」



私はノブさんの前にコーヒーを置いたけど ノブさんは待てずに座ったまま眠ってた。
彼に毛布を掛けてからずっと彼の顔見てた。

今の私にできることって 一体何があるんだろう。

考えながら 私もうとうとしてしまったみたいでノブさんの声で目が覚めた。

「香織.....風邪引くぞ 」
「ん......ごめん。コーヒー淹れかえるね 」

私はすぐに起き上がって お湯を沸かそうとポットに火をつけた。
湯気を見つめながらノブさんに話し掛けた。

「どうだったの?彼女......」
「ん......大丈夫。体はもう何ともないらしい。もっとも婦人科は俺にはわからないけどな 」
「......そう 」
「それより お前のほうが心配で......辛い思いさせてごめんな。」
「私は大丈夫だよ。強いから......でも彼女は......」

泣いちゃだめだと思うのに涙が出そうになる。私はぐっと堪えた。

「はい 熱いから気をつけてね。」
「ん サンキュー」
「ノブさん.....私のことはいいから彼女のとこ行ってあげてね。」
「言うと思ったけど やっぱりな。ったく 香織の強がりってわかりやすいよな。」

ノブさんは私を抱きしめた。私は我慢できずに声を殺して泣いた。
彼は何にも言わないでずっと髪を撫でてくれてた......。

「香織はなんも気にすることないからな。わかったか?」
「でも そういうわけにはいかないよ。やっぱり......」
「今度のことは俺のせいだから......気づかなかった俺が悪い」
「.....どうなの?彼女」
「言いたくはないけど 聞かないと香織は不安だよな?」
「教えてくれる?じゃないと私 おかしくなりそうで.....」

本心だった。じっと何も分からずここで待ってると気が狂いそうになる。

「......子供ができたら俺が戻ってくるって思ってたらしい 」

ノブさんは私の肩を抱いて 静かに話し始めた......

「たぶん別れ話した時にはもう.....でもはっきり調べた訳でもなかったんだろうな」

彼女の気持ちを考えると胸が締め付けられそうになった。
どれほど辛くてどれほど不安だっただろう。

「あいつ それで仕事も辞めてたみたいで.....」
「今.....どうしてるの?まだ入院してるの?」
「さっき退院して.....俺が家まで送った。」
「そう........」
「あっちの親には頭下げてきた。でもあいつ精神的にかなり参っててさ 」
「.......ノブさん」
「......親父さんの方から 何とかもう一度って言われた。」

親御さんにしてみれば当たり前だろう。
傷ついた娘さんを目の当たりにして 責めるところはノブさんしかないはず........

「ごめん。俺 香織の事話した。好きな女いるから無理だって。悪かった。」
「........いいよ そんなの気にしないで 」
「正直 俺もどうしていいかわからなくて.....香織にも嫌な思いさせて」

今にも泣きそうなほど哀しい顔をした彼を今度は私が抱きしめた。
そうすることしかできなくって......
そのまま 私たちは愛し合った。
疲れた体を寄せ合って きっと二人とも この現実から逃げたくて......




それからしばらくの間 ノブさんは仕事の合間に彼女の所に通った。
私がそうしてほしいとお願いした。別に いい人ぶってるつもりはない。
ただ 同じ女として誰かに支えて欲しいだろうと思ったから。
そしてそれはきっとノブさん以外にはできないだろう。
私がお見舞いに行くわけにも行かない。

あれから私も色々と考えた。私はどうしたらいいんだろう。
どんなに考えても 行き着く答えはひとつしかない。
そうすれば何もかもうまくおさまるのかな。
もし そうなら.......


会社の電話が鳴った。
仕事の電話だろうと思ってでてみたら彼女のお父さんだった.......
ちょうどノブさんが彼女の所にいってる時だから
きっと私に用があるのだとすぐにわかった。
電話で失礼ですがと前置きしたその人の話は想像したとおりのもので
..........私は今の自分の気持ちを正直に伝えた。
彼女のお父さんはたぶん.........泣いてたと思う。
そしてその電話のことはノブさんには言わなかった。







その夜は ノブさんの大好きな炊き込みごはんを用意した。
前に作ったときに手間がかかるんだよって言ったら手伝うよって
一緒に牛蒡のささがき作ったり 油あげにお湯掛けたら不思議そうに見てた。
そんな事を想い出しながら私は静かな気持ちで支度した。

ノブさんは何でも美味しいと言って食べてくれる。
好き嫌いの多い彼は私がそれを料理に隠して入れたら
いつでも気付かずに食べてしまって 種明かししたらちょっと拗ねて
でもいつでも........食えるようになったって笑ってた........


彼女の所からかえってきたノブさんはいつも私に申し訳なさそうな顔をする。
だからいつも笑顔でおかえりを言ってあげる。
そしたらノブさんもいつものノブさんに戻るから。

「おかえりなさい。今日のご飯なんでしょ?」
「ご機嫌ですねーお姫様は。このにおいでわかるよ。」
「ぶっぶー 答えてないから不正解」
「俺も一緒に作りたかったな。炊き込みご飯」
「先にお風呂 入ってきたら?」
「姫様もご一緒にいかがでしょうか?」
「どうしようかなぁ」
「おっ 今日はちょっと可能性ありか?」
「特別サービス?てことで....でも電気つけないでね」

薄暗いバスルームで二人でシャワーをかけあってふざけて......
ノブさんは私の体を綺麗に磨いてくれた。
私も彼の体を隅々まで洗ってあげた。
ノブさんの背中を流してそこにひとつキスをした。

「.....反応するからやめなさい」
「ふふ....ノブさんの背中 広いね」
「お返し.....」
ノブさんは振り返って私の胸にキスをした。
「暗くて何も見えないぞ。香織の裸見たかったのに。」
「やだよ 恥ずかしいもん」
「じゃ あとでゆっくり見るからいいです」
「でも 電気はつけないでね」
「またかよ」

二人の笑い声がバスルームに響き渡った.....


夕食の炊き込みご飯もやっぱり彼は旨いと言って食べてくれた。
一緒に出した豆腐ハンバーグもペロリと食べてしまったので
私がクスッと笑うと怪しげな視線で.....

「何か入れたろ。白状しなさい」
「ふふ ピーマンを少々刻んで入れました 」
「まじかよー。でも食えるようになったかも 」
「普通 気付くよ。緑色なんだもん。」
「葱かと思った」

拗ねたノブさんがおかしくて笑ってしまった。

夕食の後は少しお酒を飲む。
ノブさんはあまり強くないけど 私がここに住むようになってから毎晩少しだけ飲んでから眠る。

「しかし香織は酒強いな。誰に似たんだ?」
「んー?お父さん。未だに勝てないよ。あのおっさんには 」
「そりゃ凄いな。そのうち二人の勝負見てみたいもんだな 」
「.......うん。そのうちね 」

ノブさんは私の肩を抱き寄せて耳元で囁いた。
「香織.......愛してる。どこにも行くなよ 」
「......急に 何言ってんだか.....もう酔ったの?」
「何となく 言いたくなっただけ......なぁ ベッド行こ 」
「.......うん」




ベッドサイドにはノブさんのくれたオルゴールが置いてある。
時々開けては二人でオネスティを聞いてる。

ノブさんの優しい唇が降りてきて私の体はどんどん熱くなっていく。
いつものように灯りを消そうとしたノブさんの手を止めた。

「ん?どうした?」
「このままで いいよ。特別サービス......」

服を脱がせながらあちこちにキスを落としていく

「香織は 色が白いな。血管透き通ってみえる.....」
「......そうでもないよ.......」
「......可愛いよ おまえは...」

そして私の胸にひとつだけ痕をつけた.....
いつも私の事を大事に抱いてくれるノブさん
私を気遣いながらゆっくりと私の中に入ってくる。
そんな彼の優しさが嬉しくて 抱かれるたびに泣きそうになる。






「オネスティって曲 どういう意味か知ってるか?」
「んー 考えたこともなかった。好きなくせにね。」
「英語 苦手だったか?」
「へへ まあね」
「"人はみんな嘘をつくけど君だけは僕に誠実でいて欲しい "って感じかな」
「そうなんだ。素敵だね。ますます好きになっちゃったよ。」
「たぶん そんな感じだと思う。わかんないけど」
「なんか深いよね。それってさ......」

私は彼に誠実だっただろうか............
少なくとも彼を好きだという気持ちに嘘偽りはなかった。


「ノブさん?寝ちゃったの......?」

いつの間にか寝息が聞こえてきた。
私も彼の傍に寄り添って そっと目を閉じた。








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