それから暫くしてノブさんは 婚約までした彼女と別れたと私に教えてくれた。
ちょっと時間がかかったけどって.....

私のせいで......あの人は今きっと泣いてる......


     カフェテラス  32





「大丈夫かな?向こうのご両親も怒ってるでしょ。」
「お前には関係ないって言ったろ?心配しなくていいから」
「でも.....」

何も言わさないとばかりに私の口を塞ぐ彼。
私はこの人をきっと好きになる。そう思った。
そして今きっと泣いてるであろう彼女の事も 忘れてはいけないと思った。


実はまだ私たちは いわゆる『関係』を持ってない。
きっとノブさんは私を大事にしてくれてるんだろうと思う。

仕事が終わると一緒に食事する。外食したりここで私が作ったり。
最初はちゃんとうちに帰ってたらしいノブさんは忙しさからか いつの間にかここで生活していたみたい。
さすがに鍋とか包丁とか あと炊飯器も無かったので色々買って揃えた。

でも食事の後は必ず私をアパートまで送って帰る。



「ねぇ ノブさん」
「今 ちょっと待て。サイズ図ってるから.....」
「いやだ。待ってあげないもん」
「おいっ。こら 香織」

私はPCの上をピアノを弾くようにパチパチとやってやった。

「香織ー 今 駄目だっていっただろ。罰として.......そうだな」
「罰として今日はここに泊まるってのはどう?」
「........香織.....」
「今の私じゃ.....まだだめ?」
「いや......罰はちゃんと受けて貰うかな。その前にこれ やり直し。」
「頑張ってね」
「言われなくても 即効終わらせて見せる!」
「意欲的だねー」

私は可笑しくなって笑ってしまった。




ノブさんは私の体を 本当に壊れ物を触るかのように大事に大事に抱いた。
初めてでもないのに何故か私は震えてしまってて
その度に彼は何度も不安そうな顔して.......

私は彼を復讐に利用しようとした自分を思い出して申し訳なく思った。

「香織 泣いてるのか?.....後悔したか?」
「ん....後悔なんかしないよ。たぶん嬉しいからだと思う。わかんないけど」
「愛してる 香織.....」
「ノブさん...私....」
「わかってるから。何も言わなくていい.....」

愛してるといってしまえばどんなに楽だろう。でも......
どうしてもその一言を言うのが怖い。
彼を愛してしまったらまた傷つくかもしれない。
もう あんな辛い思いはしたくなかった。
それに.........

彼に抱かれながらも違う男を想い出してた。
吉永さんと違うキス 吉永さんと違う腕 吉永さんと違う愛撫......
どうしても思い出してしまう。私は本当に駄目な女だ。

「ねぇ........あの.....私たちの事」
「大丈夫 言わないから.....奴とはあれから会ってないし 」

私なんかのために.......婚約者も.......親友までも.....
私にはそんな価値なんてどこにもないのに.....

「私 今もしかしてすごく幸せなのかもしれない」
「かも じゃなくて幸せーって言いなさい」
「じゃー ぎゅってしてくれたら言ってあげてもいいよ」

ノブさんは私をきつく抱きしめた。私は彼の背中に腕をまわした。

「あったかいな.....香織は....」
「ノブさんだって.........あったかいよ」

あの日からずっと眠れなくてやっと眠れても癖で明け方に目が一度醒めてしまう。
いつも彼を帰さないといけなかったから........
私はノブさんの腕に抱かれたままその日はゆっくり眠った。
そして私は そんなノブさんを愛し始めていた......






このマンションに私の物が少しずつ増えていく。

必要な物だけを取りにアパートに戻りまたここに来て....
気がついたらいつの間にか私のもので部屋が一杯になってた。

「なんだか ここ狭くなってない?」
「いっそのこと 香織のアパート引き払うか?」

そうすればいいんだろうけどさすがにここに全部は入りきらない。
それに......まだやっぱり怖いから
もし彼の気持ちが変わってしまったら......

「でも 喧嘩したとき用に とっとくかな」
「ま いいけど。香織のいいようにしたらいい。」

ノブさんはわかっていても余計なことは何も言わない。
そんな彼の優しさに私は甘えきってた。
四六時中 彼と一緒にいられるなんて.....
こんな幸せがあることを私は知らなかった。
毎日が楽しくって私は次第に昔の男の事を思い出すこともなくなって.....



「ノブさん 私ね んっとね」
「何だ?どうかしたか?」

不安そうな顔してる。そんな顔させてるのは私がはっきり言わないからだよね。

「ノブさんの事 愛してる。世界で一番好き」
「香織.......」
「だから......えっと.....」
「結婚しよっか。香織」

うそ.....ノブさん今なんていったの?

「そんな驚いた顔しなくてもいいだろ。お前とならずっと一緒にいられる気がする」
「気がするって.....」
「いやか?」

私は彼を確かに愛してる。でも私たちはまだ付き合いだしてそんなに経っていない。
こんなに簡単に決めてしまっていいのだろうか?
生まれて始めてのプロポーズに私は戸惑ってしまった。

「考えといてくれ。まあ 独身主義者の俺にここまで言わせて断るってのはなぁ」
「私なんかでほんとにいいの?」
「だから 私なんかってそういう卑屈な言い方するなって言ったろ」
「でも........」

ノブさんは私をぎゅっと抱きしめて

「いますぐ返事しなくていいから.....」
「うん.......」
「じゃ コーヒー 頼む」
「はい。」

昔の事も全部知っててそれでも私と一緒になりたいと言ってくれたノブさん。
私の気持ちはもうその時には決まっていた......

だけどそんな私の決心は何の意味も持たなくなってしまう。
私がやっと手に入れたこの幸せは............




ノブさんの前の彼女が流産したと連絡が来たのは
私たちが付き合いだしてからちょうど三ヶ月くらい経った頃だった..........








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