あれから京子さんは子供さんを託児所に入れて また夜働き出したらしい。
私も吉永さんに連れて行かれて何度か店に行ったけど 京子さんは変わってしまってた。



      カフェテラス  30




明らかに私に敵意を向けてくる京子さん。吉永さんは気付いてないけど........
きっと吉永さんの事 本気なんだと思った。
それからは私は京子さんに会うのも苦痛になってしまった。
そして吉永さんも少しずつだけど変わってしまった。
私に愛してるなどと囁いてくれたあの頃の彼はもういない。
今はほとんど義務のように私に会いにくるだけ.....
人の気持ちは変わるものだと私は改めて知った。

でもそれでも彼の傍にいたい.......
だって私の気持ちはずっと変わってない。今も変わらず愛してる。




「おーい。聞いてるか?」
「........え?何?」
「一応 勤務中だぞ。コーヒー淹れてって言ったの」
「はい。」

仕事って言ってもそんなにすること無いから余計なことばっかり考えてしまう。
いっそ忙しいならそんな暇もないのに.......

「また達也か?君たちは ほんと忙しいねぇ」
「私って何だと思う?」
「何ってお前......なんだろうな」
「ぶっぶー。回答になってないから不正解。」
「じゃーなんていって欲しいわけ?」
「わかんない。コーヒーおいしい?」
「旨いよ。おかわりくれる?」
「飲みすぎじゃない?一日に何杯淹れてるかわかんないよ」
「喫茶店みたいなもんだな。ここは」

ここにいると気持ちが休まる。ノブさんは余計なこと言わないし。
私の淹れたコーヒーを旨いといってくれるのは もうノブさんだけだ。

「話したければ聞いてやってもいいぞ」
「ナミさんってさ 辛抱強い人だなって思って。」
「いきなり直球投げてきたな。」
「惚気たくても惚気ることがないからさ」
「..............ナミはさ 強い訳じゃないぞ。今は知らないけど 昔はよく泣いてた」
「でも私が奥さんならきっともう修羅場だよ」
「いや。お前もきっと待つタイプなんじゃねーか?案外」

紙切れ一枚の約束でそんなに待つことができるのだろうか。
奥さんの辛さが 今になってやっとわかる気がする。


「携帯なってるぞ。達也じゃないか?」

私は急ぐこともなく電話に出た。
吉永さんは今日は私に会ってくれるらしい。
こんな状態になっててもやっぱり会えれば嬉しい。
ノブさんにわかりやすい奴だなって言われてしまった。

その日は外で食事しようと言われて美味しいパスタを食べた。

「美味しいね。ここ初めて来たよ」
「そうだな。」

会話もほとんどない。でもそれでもいい。私と会ってくれただけで。

それからいつもよく使ってたホテルへ行った。
いつもと同じように私を抱いて いつもと同じように私の髪で遊びながら
彼は私に静かに言った.........

「なぁ......ちょっと話聞いてくれるか?」
「ん.......何?」
「何から言ったらいいのかわかんねーな。」

私から離れて天井を見ながら彼は続けた。

「俺さ やっぱ京子のこと気になるんだわ。」
「わかってるよ.....わざわざいわなくっても....」
「京子がさ お前に悪いって」
「何のこと?今更.......」
「このままだとお前に申し訳ないからって.....もう会わないってさ 」
「それって......どういうこと?」
「あいつ 泣いてそう言うからさ.......」
「......何が.....言いたいの?」

やっぱりそういう関係だったんだ.....

「勘違いするなよ。子供 可愛いんだわ。時々会って遊んでるんだけどさ。」

彼の言葉に私は何も返せなかった。京子さんとそんなに会ってるなんて思ってなかった。
そして彼の口から 『子供』 の話が出るとは夢にも思ってなかった。
子供ができない奥さん。子供を諦めた私。
この人はなにもわかってない......
そしてわざわざ私のためだと 善人ぶって彼を私からとりあげようとする女。
そんな二人に吐き気がする。

「丁度可愛い歳なんだろうな。父親いないから懐いてるんだろうけどさ。」
「そう.......」
「俺さ 香織ちゃんのこと今でも好きだけどこのままじゃ.....」
「......別れたいって......こと....?」
「そういうんじゃないけど.....今のままだとお前も辛いだろ」

......遅かれ早かれこうなることは予感してた。

人の気持ちってこんなにも変わるものなんだね..........
それなら最後まで吉永さんの好きな いい女になるしかないのかな。

「.......わかった。もう終わりにしよう。」
「香織ちゃん.......」
「もういいの。楽しかった。今までありがとう。」
「......ごめんな......悪いと思ってる。」
「......お願いがある。最後だから....」
「何だ?」

「一度だけでいいから 香織 って呼んでくれないかな」

「......香織.......今日はここに泊まろうな。」

これが最後の夜ってことか........私は何も言わずに頷いた。


彼は疲れてたのか 私がごねることなく納得したことに安心したのか
私の髪を指に巻きつけたまま すぐに寝息を立てて眠ってしまった。


彼の私への想いは何時の間にこんなに冷めてしまったのだろうか。
良く眠れるよね。まったくいい神経してるよ。
こんなに簡単に私を捨てた彼に呆れ果てた。

私は彼の寝顔を見ながらずっと考えてた。なんで涙がでないんだろ。
まだこんなに好きなのに.....それなのに

ふと ベッドの横に掛けてあるネクタイが目に留まった.....
私がいつも彼の洋服をハンガーに掛けてあげてた。皺になると奥さんが疑うから。

殺人をする人ってどんな神経してるのかって今まで思ってたけど
案外 こんな単純な理由で人って殺せるのかもしれない。
今 あのネクタイで彼を絞め殺せば.....彼は私だけの物になる
ふと そんな考えが頭をよぎった。

だけど やっぱり私にそんな事できる訳もなくて.....

愛情と憎しみは紙一重だとはよく言ったもので
結局 私の中に残ったのはさっきまで愛してた彼に対する


...........憎悪だけだった





                                             
                                  
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