さすがに初日はかなり緊張していた。
女の子は京子ママ以外に 私を含めて4人。
みんな私と年齢が近いこともあり すぐに仲良くなれた。
京子ママは28歳だったけど 見た目より随分若く見える。
まだママという貫禄があるとはお世辞でも言えないけど
でもやっぱりこの若さで店を一軒任されるのはすごいことなのだと思う。



       カフェテラス  3


一度だけ オーナーに会った。
京子ママの彼氏でもあるその男性は
本当に普通のサラリーマンらしいけどそうは見えなくて
やっぱり垢抜けた感じの 素敵な人だった。
基本的には店にはあまり出てこないみたい。
きっとそういうもんなんだろう。




店の女の子でまだ18歳になったばかりの 『 えみちゃん 』 は
彼氏がどうやら危ない世界の方らしく
今は警察にお世話になっていると言っていた。
仕事はこれだけだそうだ。

あと 『 なつみさん 』 といって私より一つ年上の綺麗な人。
昼はOLさんをしているそうだ。
もちろん会社にはここのバイトの事は内緒。

もう一人は 『 まきちゃん 』
私と同じ年だけど、この世界はかなり長いらしい。
今は他の店とのかけもちで ここは私と同じで週に3回くらい不定期出勤らしい。
私となつみさんは昼の仕事があるので一応深夜1時頃を目処に帰れることになった。

オープンの日はさすがにたくさんのお客さんが来て忙しくて
あっという間に1時過ぎていた。
慣れない水割りも見様見まねでそれにみんなのフォローもあったし
それなりに様にはなっていたみたいだ。

私は源氏名というものが存在する事を知らなくって
店がオープンする前になってみんなに聞かれたのだけど
やっぱり本名の香織を名乗るのもなんだかと思ったし
違う自分になれる気がして............
急遽 『 ゆか 』という源氏名がつけられた。
でも店でみんながゆかちゃんと呼んでもなかなか気づかなくって
結局最後は本名で呼ばれていたのにはちょっと笑えた。

自分でもお酒は強い方だと思っていたのでその辺は心配なかったけど
まきちゃんがいいことを教えてくれた。
まず最初はオープンしたばかりなのでボトルキープの
お客さんのボトルはまだたくさん中身がある。
だからなるべく ビールを頂くこと。
それもあまり酔わないために ビールはトマトジュースで割って飲むのだそうで.....
そしたらビール代とジュース代の両方とれるから。
ボトルが減ってきたら今度はそれを減らすように飲む。
そしてニューボトルを入れてもらえるという仕組み。
成程と感心した。

初日はそんな風に何事も無く過ぎていった。

帰りはタクシー代をもらって帰れるので負担が少ない。
悪くない仕事だと思った。

帰って急いでシャワーだけ浴びて
さすがに疲れたのかいつの間にか眠りついていた。






喫茶店のママさんにはこの事は内緒なので 仕事に支障があってはならない。
毎日忙しいながらも 何とか両立していた。
そして彼氏の隆志も やっぱり時々だけど私の部屋を訪ねてきた。
夜のバイトの日に電話あったりとかしたけど なんとか誤魔化しながら.....
なんだかもう面倒になってきて
「いっそ別れようかな」なんて思ったりもしたけど
でも切り出せない臆病な自分が顔を出して何も言えないままだった。
夜バイトしていることを話したら少しは怒ってくれるのかな。
男の人のお酒の相手していること どう思うんだろう。
そんなことばかり考えている自分が.....嫌い。


夜のバイトに行くと楽しみがある。
吉永さんに誰に咎められる事も無く会えるから。
もちろん吉永さんとは何も無いけど、
でも 昼会うのとアルコールの席で夜会うのとでは やっぱり開放感が違う。
私が出勤の時には必ずと言うほど 毎回来てくれる吉永さんは
店が混んでいる時はどこかで時間を潰してからきてくれる。


「吉永さんが来るのはゆかちゃんが出勤するときだけだよねー 」

お客さんが居ない時間帯にまきちゃんがそう言ってきた。

「あはは そうかなぁ。偶然でしょーよ。」
「いーや。やっぱりおかしい。何かおかしい。んーー?」

私の鼻先まで顔を近づけてくる。
冷やかしだと解っていて もなんだかこそばゆい気がする。

「でもさ、噂だけど ...............」
「え......何?」
「京子ママと吉永さんって関係あるって聞いた事がある?」
「....そうなの?」
「昔ね。ママがまだ前の店に居た頃ね。」

背中に冷たいものが走る。

「かなり入れ込んでたって聞いた事あるけど。この世界の噂は信憑性低いけどね。」


喉が乾いてひりひりする.....何か飲みたい。


「どうだろ?少なくとも今は何も無いし、ママはオーナーに惚れてるしね。」

なつみさんが私を見ながらそう言った。

大丈夫..........私はどこも変じゃない。この気持ちは誰にも気づかれてない。
そう自分に言い聞かせてから

「そうなんだ。わっかんないもんだねー」

クラッシュされた氷を指でじかにつまんで口に放り込んだ。

「..........ていうか 吉永さん昼働いてるとこのお客さんだから 」

そこまで言ってもう一つ氷を口に含んでから続けた。

「私とは何もないから。」

ここまでで この話は終わった。

その話の後はママの顔を直視できなかった。
吉永さんとママが昔付き合っていたとしても
おかしくはないし私の関与するところでもない。

頭では理解できても胸の中は
自分でも説明のできない感情が支配した。

 

その日遅くに吉永さんはやってきた。
意識的にそういう目で見てしまう。

ママと談笑している吉永さんを.................










           menu     next            back




inserted by FC2 system