私は早速ノブさんの事務所で働きだした。
事務職は経験者だから大丈夫だと思っていたけど建築の事務って難しいかも。
でもノブさんと私の二人だけの会社だから 焦らずゆっくりでいいよってノブさんは言ってくれた。



      カフェテラス  26




「それにしたってお前ら ほんといい加減にしろって感じだろ 」
「ごめんね。ノブさん 迷惑かけちゃったよね 」
「かけちゃったなんて生ぬるいもんじゃないぞ。毎日飲みに連れ歩かれて.......
あいつ潰れるまで飲むんだぞ。もう勘弁してくれよ。
次 痴話げんかする時は先に言ってくれ。俺 絶対逃げるからさ。」

そう言ってゲラゲラ笑ってた。
もうそれはないからと 私も笑って答えた。
お給料は前よりも随分良くなった。こんなに貰って悪いと言ったら
一人暮らしはお金もいるだろうからと言ってくれた。

「そういうノブさんは?彼女とはどうなのよ。」
「どうやら結婚するらしいぞ。俺 」
「へ?」
「何かそんな話になってるみたいなんだな これが 」
「良かった........ね?」
「.....ってそこ疑問符かよ 」

ノブさんは会社が落ち着いたら結婚すると彼女に約束させられてたらしくて
いつの間にか彼女の親にも会ってしまったそうで......

「いいじゃん。もうそろそろ落ち着きなよ 」
「俺は独身主義者なんだけどなぁ。今回はちょっと手強いぞ 」
「でも好きなんでしょ?彼女のこと」
「嫌いじゃない。でもいきなり親に会わせるってのもどうだよ 」
「心の準備はいるかもだね 」
「あっちの親父に食わしていけるのかって聞かれた時はたぶんって言っちまったよ 」
「ひどっ!それはまずいんでないの?」
「あとで女に滅茶苦茶怒られた 」
「あはは そりゃそうだよ。で いつ頃?」
「まだまだ当分先になるだろ。今のマンションの設計かなりかかりそうだからな 」

じゃあまだ当分は無理だな............
ちょっとだけ彼女のことかわいそうって思ったけど
私に比べればまだ未来があるだけ幸せだと思い直した。
ほんとはちょっと羨ましいのかも......


それから何度かここに来たその手強い彼女に会ったけど
どちらかと言うとお嬢様タイプで あまり愛想のないタイプ。
私はちょっと苦手かも........


そして時々だけど 吉永さんも会社にやってくる。
会社といってもここはマンションの一室だけど.....
彼は本当に異常なくらいやきもち妬きだから
二人で密室にいる事が非常に気に入らないらしく ノブさんは呆れ返っていた。


私たちはあれからも変わらず平日はほとんど彼と一緒に過ごした。
前と同じように車で朝まで眠ったりもした。
夜明け前に帰る時もあれば私のうちに泊まったりすることもある。

さすがに奥さんは彼の浮気に気がついてるはず。
こんなことしてて気付かないなんておかしいもん。
なにげなく吉永さんに聞いてみたけど 今の所はなにも言ってないという。
きっとそれは嘘じゃないと思う。今更そんなことで私に嘘は言わないと思うし。
でも だとしたら......

きっと奥さんには離婚する気がないのだろう。
もし少しでも別れる気持ちがあったら何かしらの動きがあってもおかしくない。
彼を問い詰めて 私との事を聞きだして揉める事だってあるはず。
でも奥さんは何もしない。ただ黙って遅く帰る主人を待っている。
きっとそれはまだ彼を愛してるということなんだろう。
いつかきっと彼の気持ちが自分に帰ると信じてるんだと思った。


私は罪悪を感じると同時に そんな奥さんを哀れにさえ思うようになっていた。
彼が私を抱いてる間も 猫を抱いて待ってる奥さんを気の毒だと思いながら
抱かれている最中に 今この人は私を愛してるんだと まるで勝者のような気持ちになってしまう。

私はこうやって結婚も望まずただ好きな人と一緒にいるだけ
ただこうして愛し合っているだけなんだから
何も悪いことなんかしてない。そう思い込んでいた。

でもその反面 会えない夜はなかなか眠れない。
今 もしかしたら奥さんを抱いているかもしれない。
愛してると奥さんに囁いているかもしれない。
そう思うだけで体が震えて寒くなる......

私は......

自分でも恐いくらい嫌な人間になってしまっていた。
自分でも嫌になるくらい彼を愛しすぎてしまった。

...........もうこれ以上自分を嫌いになりたくはなかった。



「ねぇ 私たちこんなに一緒にいたら奥さんに悪いよ。」
「いいから.....気にするな 」
「だって......やっぱり気付いてると思う 私 」
「...........」
「やっぱり 何か言われてるの?」
「いや なんも。逆にあまり喋らなくなったかな。会話はほとんどないし 」

思ったとおり。きっと奥さんは気がついてるんだ。

「私 少し我慢するから。あんまり会えなくてもいいからさ 」
「これ以上我慢させたくない。それに俺がお前と居たいだけだから 」
「でも......」
「........わかったよ。気をつけるようにするから 」
「うん。奥さんにも少しはかまってあげてね 」
「ありがとな 」
「お礼言われるとちょっと微妙かも...... 」

笑いながら言ったけどほんとは淋しかった。
私だけの吉永さんでいて欲しいけどそれは言ってはいけないこと。
二人の時間を持つためには一人の時間を耐えなければいけない。

それからも毎日のように会ってはいたけどなるべく早めに帰らせるようにした。
そして週末はなるべく家にいてあげてほしいと彼に頼んだ。
せめてもの罪滅ぼしのつもりで......



それからも何も変わりは無かった。
奥さんも未だに何も言ってこない。



そして私は25歳になった。
去年の誕生日は最悪だったからっていったら ノブさんは少しふて腐れていた。

今年の誕生日のプレゼントは二人で行く温泉旅行。
奥さんに内緒で平日に有給をとった彼に 私のボスも何も言えず
二人で温泉でゆっくり過ごした。

普段は恥ずかしくて一緒にお風呂に入ったことは無かったけど
開放感からか初めて二人で一緒に入った。
内風呂だから誰も見てないよって言われたけど 
露天だし やっぱり何となく恥ずかしくて......

「......気持ちいいね。」
「こっち来いって。暗いから見えないし」
「/////でもさ......」

なかなか顔をあげられない私の背中に回って後ろから抱きしめられた。

「この方がもっと気持ちいい。」
「......そうだけどのぼせそうだよ」
「今度からいつも一緒に入るか?」
「えー 無理 恥ずかしい」
「何を今更.....でも俺も結構.....照れるもんだな」
「でしょ?」
「......ここでやったら声聞こえるかな。外に」
「ちょっ....駄目......やっ.........」
「あまり声......出さない方がいいのでは?」

首筋にキスされて.......声出すなって言われても.......
結局そのまま.........



「........おい 大丈夫か?」
「あまり........大丈夫じゃない。のぼせたかも。それに.......」
「ん?」
「.......絶対外に聞かれたと......思う」
吉永さんはクスリと笑った。
私も何だか可笑しくて二人で笑ってしまった。



プレゼントに可愛いペアのコーヒーカップと指輪を用意してくれた彼に
これってどの指に嵌めるの?って聞いたら 決まってるだろって
左手を取って薬指に嵌めてから そこにキスをひとつ落とした。
嬉しくて泣いてしまった......。
こわくなるくらいに幸せで......。
彼が嵌めてくれた左手の薬指に光るティファニーのラヴィングハートを眺めながら思った。
きっとこれ高かっただろうな。たぶんお小遣い制だろうし.....
ここの宿泊費だって結構かかってると思う。
そんな事言いにくくて聞いた事もないけど。
もしかしたら親にお金貰ってるのかもしれない。
吉永さんの実家は結構な旧家だと前にノブさんに聞いた事がある。
そこの次男坊らしい。だから好き勝手やってるんだって。
こうして色々してもらえるのは嬉しいけど
吉永さんに無理はして欲しくないんだよ。


翌日はホテルからそのまま仕事に行き
ノブさんに昨日の夜の事を散々聞かれたけど 悪趣味だよって言ってやった。
だけど薬指の指輪だけは見せびらかしてやった。

「あの買い物嫌いの達也がどんな顔して買ったんだか。」
「そんなに嫌いなの?」
「ナミが昔....っと悪い....」
「いいよ。気にしなくっても 」

私は平気な顔して笑ったけどよく考えたらノブさんだってナミさんの事知ってるわけで 
私とも交流のある彼も 胸中複雑なんだろうなと思った。
それなのにこんなに普通に優しく接してくれる。男同士の友情って強いなって。

「お前 ほんと平気なんだな。」
「強いんだよ。これでも」
「嘘つけ。今日は一人なんだろ。さすがに昨日外泊してたらな 」

確かに.............今日は家にいてってお願いした。
だってわたしばっかりこんな幸せじゃ奥さんに悪いから。


「ほら。」
ノブさんから綺麗にラッピングされた箱を渡された。
「.....何?」
「俺からのプレゼント。内緒な。煩いから。」
「え....でもいいの?私なんかが貰って.....」
「私なんかってそういう卑屈な言い方するな。それにたいしたもんでもないしさ。」
「ノブさん ありがと。開けてもいい?」
「もう一度言うけど 言うなよ。」

私は口に人差し指を立てて笑ってからなるべくラッピングが破れないように包みを開けてみた。

「うわぁ.......」

中身はオルゴールだった。
木製のそれを開けると可愛いテディベアが中にいた。
曲は私の好きな........オネスティ

「お前この曲好きだったろ。」

確かみんなで食事したときに有線から流れて来たこの曲が好きなんだよって言ったかも。

「よく覚えてたねぇ。めちゃくちゃ嬉しいかも。」
「あいつと違って俺はロマンチストなの。」
「そんな事ないよぉ。吉永さんだって......」
「はいはい。惚気はもう腹いっぱい。今日は俺と飲みに行くか?俺も誕生日祝ってやりたいしさ。」
「ふふ。気持ちだけありがとう。じゃないとあと怖いから。」
「確かにな。それは危険すぎるな。じゃ今度三人で行こうや。」

私はその時はしっかり奢ってねって笑った。


夕方うちに帰ると玄関の前にまた鉢植えが置いてあった。

......ブルースターだ.......

去年の分は私があんな風だったからあっという間に枯れてしまった。
今年もまた同じようにカードが一枚入っていた。
さすがにこれはおかしい。ストーカーとか?
でも ストーカーなら私の誕生日なんて知らないはず。
まさか でももしかして....
やっぱりそのままにしては置けず一晩ここで置き去りにされていたお花を
部屋に入れてあげて水をやった。

今度吉永さんに相談してみようかな.....
でも変なことに巻き込みたくはないからと思い直してベランダの日の当たりそうな場所に置いた。

ま いいや.......
やっぱり思い当たるのは..............
ありえないけど 仮にもしそうだとしても 今の私はその人に会えるような女ではないから。

このまま何も考えまいと自分に言い聞かせた。






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