それからの彼は前よりも更に私に優しくなった。
あんなに辛かった事もまるで忘れてしまうくらいに......


  カフェテラス  25


あの後なつみさんに連絡した。
正直 電話するのにかなりの勇気が必要だった。
もしかして呆れられて もう相手にもしてくれないかもしれないとかそんな事思ったりもしたけど 
やっぱりちゃんと 話しておきたかったから。
怒るどころかなつみさんは また大量の食料とあとケーキを持ってうちにやって来た。

「あーあ。吉永さん結局電話しちゃったんだね。」
「聞いたよ。私の事本当に想ってるんなら電話しないでやってって言ってくれたんだって?」
「.......ごめんね。ゆかちゃん辛いの知ってたのにね。」

なつみさんが私を想って言ってくれたことは百も承知してる。
むしろ裏切ってしまったのは私の方だ。

「なつみさん 本当にありがとう。私嬉しかったよ。それなのに.........ごめん 」
「........ほんとにいいんだね?辛い思いするよ。」
「うん いいの。もう何も考えないことにしたから 」

なつみさんは心配顔で私の事を見ていたけど 何かあったらいつでも話聞くからと言ってくれた。

なつみさんはどうなの?って聞いてみた。
たまには人の惚気話も聞いてみたくなったから。

「それがさ.....連絡なくてさ。もう駄目かもね。はは」
「え?うまくいってたんじゃないの?」
「ついこないだまではね。外で食事したんだけどさ そこでちょっとね。」
なつみさんはとても淋しそうに続けた。

「声.....掛けられちゃった。お店出てた頃のお客さんにさ。なつみちゃんって言われて反射的に振り向いちゃってさ。
更に無視すればいいものを....私馬鹿だよね。相手の名前まで呼んじゃってもう最悪。
今の彼ね 昼勤めてる会社の取引先の人でね。まさか夜のお店でママやってましたーなんて言えなくって。」

確かにそうだろう。私だってもしそうなったら内緒にすると思う。
好きだからこそ隠してたことが仇になってしまったらしい。

「なつみって誰?って言われて隠し切れなかった。
もしかして正直に話せば分かってくれるかもって思って話したら......」

そんな事で人の気持ちは簡単に変わってしまうものだろうか。
本当に好きなら きっと過去も受け入れてくれるものなんじゃないかな。

「なつみさんから連絡してみた?」
「できないよ......これでも結構ナイーブなんだからさ。」
「してみなよ。どうせ駄目になるなら同じ事じゃん。私ね やっぱり自分に正直になった方が後で後悔しないと思うんだ。だからさ」
「そうかなぁ。」
「大丈夫。もし玉砕したらまた一緒に飲みに行こ。ね」

無理やりその場で電話をかけさせた。
びくびくしながら電話しているなつみさんは 本当に普通の女の子でしかない。
だからどうか分かってあげて欲しい。

なつみさんの顔が段々緩んでいくのがわかる。
ほらね。大丈夫だったじゃん。

「ゆかちゃん ありがと。彼ね 私から連絡くるの待ってたって。さすがに驚いたらしいけど昔の事だからって。
恵理子の事は好きだけど 俺でほんとにいいのかってちょっと不安になったってそう言ってた。」
「よかったね。え・り・こ さん 頑張ってね。今度こそ なんでしょ?」
「ふふっ かおりちゃん もね。」

ふたりで顔を見合わせて笑った........
良かった。恵理子さんはきっと彼に想われてる。
今度こそ幸せになれるはず。



そして私の想い人も きっと私を愛してくれてる。
前よりもずっと 私の想いは深くなった気がする。

以前と違うのは 昼間会う場所があの喫茶店から私の家になったこと。
まだ仕事もしてない私は昼になるとやってくる吉永さんと
明るいうちから抱き合って愛し合って......

さすがにこのままじゃいけないと思っていた頃に吉永さんが言い出した。

「お前 ノブのとこで働くか?」
「え?ノブさんとこって.....」
「このままじゃ生活できないだろ。夜の仕事はして欲しくないしさ 」
「愛人も悪くないかもね。ふふっ」
「おい。囲えるほどの男じゃないぞ。」
「分かってるって。だけどノブさんとこって.....いいの?」
「今度の事 全部ノブ知ってるからさ。お前が良かったら来いって 」

正直助かる。そんなに貯金もなくってお父さんに少し送金してもらっていた。
お父さんは帰って来いっていったんだけど 帰れば彼に会うことはできない。

「吉永さん 嫌なんじゃない?」
「当たり前だろが。めちゃくちゃ嫌だけど.......でもあいつのとこなら仕事面は安心だから それに客商売はもっと心配になる。」
「.....お願いしようかな 」
「じゃ 連絡してみるか 」
それからすぐノブさんに連絡したらいつでもOKだからって言ってくれた。

「浮気するんじゃねーぞ。」
「しないよ。ってあなたが言う?」
「最近 意地悪酷くねーか?」

私はあれから何を言うのも平気になっていた。麻痺してるっていうのかな。
奥さんの事も色々聞くようになって吉永さんは少し戸惑っているみたい。
私の前で奥さんに電話しても構わないよって言ったら
最初は嫌がってたけど 最近では結構平気でかけるようになった。
二人の会話を聞いても気にしない。

たぶん自分の立場ってものを理解したからだろうと思う。
私はただの不倫相手......そして それを望んだのは私なんだから。



そして私はピルを飲み始めた。もちろん彼には内緒で。
奥さんに子供が出来ないのを知っててさすがに自分が妊娠なんて洒落にならない。
もしも子供が出来たら彼が私の物になるかもしれないと
そんな浅はかな考えが少しでも無かったのかと言えば嘘になる。
少なからずそれまでも もしかしてと思った事もあった。男の避妊なんてあてにならないし。
でも......やっぱりそれは私にはできない。
万が一 そうなったとして奥さんに対する申し訳なさもあるけど 
それより何より彼の反応が怖かった.......
もし少しでも困った顔されたら私は立ち直れない。
産婦人科で処方してもらって 初めて飲んだピルの副作用には参った。
お医者さんが最初はきついかもしれませんって言ってたけど
まさかこんなにも酷いものとは思ってなかった。
初日だけだったけど その日は一晩中洗面所に座り込んで吐いた。
胃液もなくなりそうだった。苦しくて苦しくて........

だけど.....

これが私のしている事への罰なんだと思って耐えた.........





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