一人暮らししてる私は 仕事しなくてはすぐに家賃も滞ってしまう。
現実なんてそんなもので でもどうしても前に進めないでいた。

なつみさんに連絡したらすぐにうちに来てくれた。


   カフェテラス  24



「.....大丈夫?顔色悪いよ。ちゃんと食べてるの?」
「うん。こんな時でもお腹は空くんだね。なんとかあるもので食べてるから 」
「月並みな事しか言えないけど 今は辛いだろうけどきっといつかはさ.....」
「自分で決めたんだから仕方ないよ。心配かけてごめんね。」
「仕事探してるの?」
「ぼちぼち探すつもり。それまでまきちゃんの店で雇ってもらおかな。」

とりあえず今はゆっくりしなってなつみさんは言った。
それから食材を色々買ってきて置いて帰ってくれた。
一ヶ月は買い物しなくていいぐらいに.....


そして私は 数日後に携帯を買い換えた。
鳴らない携帯を何時まで待っても仕方ない。期待してしまう自分が嫌だったから。
番号は家族と あとなつみさんたちにだけ教えた。


それから三週間くらいは ほんとに家でゆっくりしてた。
正直あまり外に出たくなかったし......
でもやっぱり生活するためにはそんな事言ってられない。

私は仕事を探しに出たけどバブルの影響か なかなか条件のいい仕事は無かった。
一軒だけ面接してもらったけどやる気がおきなくて私から断った。
特にやりたい仕事がある訳でもないし.....
やっぱりまきちゃんの所でお世話になろうかと 軽く考えてた矢先に家の電話が鳴った。

夜中の電話だったから両親じゃないはず。
こんな時間に誰だろう?

私はちょっと戸惑いながら受話器をとった。



「もしもし?」

「........香織...ちゃん」

「........!」

聞き間違うわけがない。
あんなに一緒にいたんだもん。
ずっと聞きたくて聞きたくて 待ち焦がれた声が聞こえる。
それなのになぜ.....声が出ないよ。

「......ごめんな。俺....どうしても声聞きたくってさ。ほんと だめだな。」

どうしたらいいの?わからないよ。
何か....言わなくちゃ..........

「携帯かけたら繋がらねーし。悪いけどなつみちゃんに電話してこの番号聞いた。
もう一度だけ話がしたくて......どうしても我慢できなくってさ。ごめんな。」

「.....っう...うぇっ....よしな....が.....さぁ...ん....」
「.....泣いてるのか?俺の....せいだよな。」
「ちがっ....私.....」


涙が勝手に出てくる。彼の前では泣くまいとあんなに我慢してたのに

一度終わった恋なのに......終わらせた筈だったのに.....


「香織ちゃんに........会いたくてさ.....」


もう.......どうしようもないくらい



.....................吉永さんに会いたい



「会いたいよぉ......吉永さん.....助けてよぉ....」


止まらなかった。どうしても無理だった。


「......俺も......今外に来てる.....」

私は受話器もそのままに外に飛び出していた。
探さなくてもすぐにわかる。いつも私を降ろしてくれた所にきっと彼はいる。

車の中から吉永さんが出てくるのが見えた。

「お前 裸足.......」
「.......吉永さん私.....やっぱり.....別れたくないよぉ......」

泣きながら吉永さんの胸の中に飛び込んだ。
そこはとっても気持ちよくってもう何もかもがどうでもよくなるくらいに......

「俺も別れたくない。けど.....」

........状況は変わらないって事だよね。でももういい。
あんなに辛い思いはもうしたくない。

「とにかく乗れ。足冷たいだろが......」

吉永さんは車の中に私をいれようとしたけど

「.......うち来てよ 」
「でも.....」
「......玄関開けっ放しなんだもん 」
言いながら吉永さんの腕を取って部屋まで強引に引っ張っていった。
私が先に部屋に入っても 吉永さんは中には入ってこなくて......

「......足洗って来い。ここにいるからさ 」

私は頷いて風呂場で足を洗った。そして泣いて不細工になった顔を鏡で見て ばしゃばしゃと顔も洗った。
じっと玄関に立っている吉永さんに あがってよって言ったんだけど.........

「香織ちゃん 俺さ 何も変わってないからさ。だから.....」
「吉永さん ごめんね。私 あの時 嘘ついた..........」
「うそ?って....その.....どの部分?」
「とにかくコーヒー淹れるからあがってよ。玄関は寒いしさ 」

吉永さんは躊躇しながら部屋に上がってきた。
私は台所に立ってお湯を沸かした。
しばらくはコーヒーを淹れるのも面倒で飲みたいとも思わなかった。
久し振りにこの部屋に いい香りが立ち込めた........

「私ね 本当は離婚してほしいなんて思ってないから。
最初から分かってたし奥さんも何も悪くないし むしろいい人。
でも 考えたくなかったのはほんと。きっと逃げたかっただけ。いろんな事からさ。」

私は本当に愚か者だと思う。
あんなあやふやな気持ちのまま別れたって 結局 二人とも前に進めない......

「......香織ちゃん 俺さ.....あのままでよかったなんて思ってなかった。
それだけはほんと。嫁と別れてお前と一緒になれればって考えたこともある。
だけど......やっぱそんな簡単にはいかなくてさ.....」

吉永さんの言葉で涙が出てくる。せっかく顔洗ったのにな。
一度でも奥さんとの別れを考えてくれた.....それだけは本心で嬉しかった。
やっぱり吉永さんも苦しんでたんだね......
もう彼を苦しめる事はしたくないと思った。

「それだけで もうじゅうぶんだよ。奥さんと別れたりされたら 私困るもん。」

吉永さんの前にコーヒーを出して愛情プラスだよって 不細工な顔で笑って見せた。

「旨いな。やっぱり」
「そう?最近淹れてないから粉も香りとんじゃってるけどね。」

私は吉永さんの肩に頭を預けてコーヒーを飲んでいた。
ここは本当に落ち着く場所だ。なんでここから逃げようなんて思ったんだろ。
もうどうして別れたのかなんて 忘れてしまってた。

「吉永さん 私やっぱり......別れたくない 」
「いいのか?今のままで......また辛くなるぞ 」
「もういい。このままがいい。ずっとこのままでいいから 」
「香織ちゃん......」

「........お願い 抱いて欲しい...... 」

彼のキスはやっぱり私をのみこんでしまって
私はまたどうしようないくらい彼に溺れていく......
変わらない吉永さんの暖かい体は私を一度に満たしてしまう。
空っぽだった私は あっという間に彼でいっぱいになっていく。


「......香織ちゃん 愛してる もうどうしょうもないくらい.....」
「私も もうどうなってもいい.....吉永さんが大好き.....」

ずっと私の髪を撫ぜながら 愛おしそうに何度もキスをしてくれた。
そして朝までずっと愛し合った。あの日のように......
今だけは誰にも邪魔されない。二人だけの時間..............






「くすぐったいよ 吉永さん。ほんと赤ちゃんみたい。」

彼はいつも抱いた後私の髪を指に絡ませて胸に頭をのせてくる。

「お前のさ この髪好きなんだわ。柔らかくてさ。気持ちいい......」
「だいぶ 伸びちゃったね。吉永さん長いほうが好きなの?」
「お前が好きな方が好き。でも今のままがいいかな。切らないで。」

私の髪はウエストまでの長さで茶色くて下のほうだけウェーブをかけてる。
最近 美容院にも行ってなかったからちょっと傷んできてた。
喫茶店にいる時はいつも括ってたから気付かなかった。

「じゃ このままにしとく.....」

吉永さんの好みの女でいたいから......

「仕事辞めたんだってな。なつみちゃんに聞いた。」
「もうあそこにはいたくなかったから。吉永さん来てくんないし 」
「.......悪かったな 」
「それに.....もういられなかったの。ママさん気付いてたから 」

吉永さんはちょっと驚いてたけど苦笑いしてた。

「お昼ごはん どうしてたの?」
「駅で立ち食いそば.....とか」
「他には?よその喫茶店とか行った?」
「行ったけど?」
「可愛い子とかいた?」
「やきもち妬いてくれてるの?」
「んなことあるわけ................ない。」
「やっぱ かわいいよ。お前は」

言いながらまた私を抱きしめた......


普段どおりの会話。何も変わってなんかない。
たったそれだけの事が嬉しくって また涙が出てきた。

「何で.....泣く?後悔してるのか?」
「違う。また吉永さんの事 更に好きになりすぎちゃっただけ。」

そう言ったら彼は私の涙を唇で拭って しょっぱいって笑った。

後悔なんかしない。
仕事も ママさんも 家族も それから奥さんの事も
もう全部何もかも 考えないことにする。



彼と別れるぐらいなら もう何もいらないとさえ思った..............






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