「.......嘘だろ?なんで」

遠くで波の音が聞こえる。雨も降ってきたみたいだ......。
私は今彼の胸の中で彼に別れを切り出した。


   カフェテラス  23


「もう無理だと思う。私も吉永さんも」
「んな事言うな.......」
「このままって訳にはいかなくなってる 」

「.......他に好きな奴できたか?」

そんなはずない。そんな事言わないでよ.....

「それだけは.....絶対にないから 」
「俺が何かしたか?香織ちゃん俺の事たった今好きって言ったばっかりだぞ 」
「ごめんなさい......」

「納得.....できねーよ 」

「好きだから愛してるから だから......別れたい 」

知らず知らずのうちに自分の気持ちを吐き出してしまった。
こんな筈じゃなかった。もっと突き放すつもりだった。
こんな事言ったら余計に吉永さんを混乱させるだけなのに。

でも今の気持ちを言葉にするのは私には難しすぎた。

「俺は......」

もう何も言わないで欲しい。もう精一杯......

「別れたくない。香織ちゃんと 」

心臓の音が早くなってる。抱きしめる腕の力も強くなって........
大好きな人の胸の中で愛してるといいながら
こうして別れる話をしている私の事はきっと理解できないよね。
もっと上手く別れ話できたらよかったんだろうけど 私やっぱだめだな。
結局 別れたくないって 言って欲しかったのかな。
ぼんやり考えながらゆっくり顔をあげて最後の言葉を彼に告げた..........



「私と別れたくないなら......奥さんと別れられる?」




やっぱり.............

何も言ってくれないか。そうだよね。
でもね 本当はそんな事考えてないんだよ。
先の事なんて考えたこともなかった.......
ごめんね。最後に意地悪して。

あと少し私は泣かない。あと少し.....笑ってさよならするんだから....

「ね。だから別れよ。もう私.....疲れた。何も考えたくないから 」
「俺の事 考えるのが嫌になったのか?」
「....そうだよ。もう考えない。だから昔みたいに仲のいいお客さんとウェィトレスさんに戻りたいって思ってさ 」

私はいっぱいいっぱいの笑顔で言った。


「そっか.......考えたくないか 」


そんな辛そうな顔しないでよ........


「だからさ またお昼来ても普通にしててよ。ママさんが変に思うしさ。」
「........出来ねーよ 前のようには。お前にはできるのか?」
「......できないじゃなくってするの。別れても友達みたいに会う人っていっぱいいるじゃん。私も嫌いで別れる訳じゃないんだからできるよ。きっと 」


「.............最後まで強い振りして 」

「自分と約束したから......」

「........そっか」




それからは吉永さんはもう何も言わなかった.....私も.....
ただ朝まで二人でずっと手を繋いで雨の降る夜の海をじっと眺めてた。


明るくなってきてから吉永さんは帰ろうかって.....
繋いでた手を離して言った。それからうちまで送って貰って
ありがとって言ったんだけど何も言わずに帰っていった。

雨はまだ降ってる......


もう泣いてもいいんだ。これで終わったんだから。


部屋に入った途端に激しい後悔が私を襲った。
どうして別れたいなんて言ってしまったんだろう。
まだこんなにも好きなのに.......

離婚して欲しいと思ってないといえば きっとそれは嘘だ。
彼には子供がいないんだから出来ないはずはないとどこかで思っていた。
でも彼は奥さんのこともきっと大切なんだ。

どうしたらいいのか分からなかった。
私が彼を苦しめているのかもしれないと思う反面
自分がこれ以上何かを期待してしまうのが怖かった。
そしてそれは自分自身が傷つくのが嫌だったから................

結局 私は 自分からも彼からも逃げたんだ。


だけど.....

自分で決めた別れがこんなにも辛いものとは想像もしてなくて
あんなに我慢していた涙は一気に私の体から流れ出した......
まるで体中から血が吹き出ているような痛みにも似た初めての感覚だった。
胸が痛いよ 苦しいよ 吉永さん.......

吉永さんの顔しか頭に浮かばない。楽しかった事しか思い出せない。
終わった恋を想い出しながら私はずっと泣き続けていた.......


それでも.............どんなに辛くっても悲しくっても朝は必ずやってくる。




月曜の朝には私はいつもの私に戻らなくてはいけない。

二日間 少しでも心の痛みを抑えようと家中のお酒を全部飲み干した。
お酒は私を癒してくれることはなく空しさを残しただけだった。
大好きなコーヒーを淹れて飲んでも何の香りも味もしない。

あれから何も食べてない。もう立ち上がることさえ辛い。
それでも行かなくてはいけない。今日は絶対に行かなくては。
なにか食べないと体が動きそうも無い。頭がふらふらしている。
電車に乗る前にコンビニに寄ってパンをひとつ買って駅のベンチで食べた。
味のしないパンを無理やり詰め込んで私はお店に出た。
私が行かないと吉永さんが心配するから.............


でも.....彼は来なかった。次の日もその次の日も......

せめてここで会えるから 会えるだけでいいと思ったのに.....


.......もうここにいても彼には会えない。


私の大好きなこの場所は 今は辛い想い出だけが残る大嫌いな場所でしかなかった。


その週の土曜に私はママさんに辞めたいと告げた.......


ママさんは吉永さんが来なくなった事に少なからず疑問を持っていたと思う。
辞めたいと言い出した私に何も聞かずにいつまで出れるの?と言ってくれた。
私はすぐにでもと答えた。本当に自分勝手で我侭な人間だと自分でそう思った。

「香織ちゃん 次の人探すから心配しなくていいからね。」
「....すいません。本当に...申し訳ありません。」
「そんな毎日暗い顔した香織ちゃん見たくないのよ。私は」

そう言って優しく微笑んだ。

たぶん何もかもお見通しだよね。あれから私は全く笑えない。
家に帰ってもずっと泣いてる。
自分が切り出した別れなのに 携帯が鳴るのをどこかで期待してしまう自分がいる。
どうすれば忘れる事ができるんだろう。

仕事に出る最後の日に ママさんは私にパフェの作り方を教えてねって言った。
二人でフルーツの飾り切りを練習したら ママさんの包丁さばきは私よりも遥かに上だった。
さすが主婦ですねっていったら 何時も通りの笑顔で嬉しそうに笑って
数種類のフルーツをいくつも切って その度私の口に放り込んだ。

「何かあったときはね 食べるのが一番だよ。元気出るしね。」

堪らず泣いてしまった私をママさんは抱きしめてくれて頭を撫ぜてくれた。

ごめんなさい。ごめんなさい。

私は心の中で何度も謝った.......




コックさんにも挨拶をした。

「感謝してます。色々ありがとうございました。」
「腹が減ったらいつでも来い。賄い食わしてやるから。」
「はい......お世話になりました。」

本当にいい人たち。
みんなを裏切ってたんだと思うとまた悲しくなった。




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