「えみちゃん! どうしたの。その顔 .......」
「......ママ お店 なくなったの?」

覇気の無い声  細い体  
そして......腫れ上がった顔
一瞬 目を背けてしまいたくなるくらい変わり果てた姿のえみちゃんが
悲しそうに私達を見上げた......



  カフェテラス  17


「.....ママ お願い お金 貸して.....。」
なつみさんは暫くそのままじっと黙っていた。私もそうするしかできなくて.....。

「えみちゃん 悪いけど」
「なんで?えみ 働いてもお金足らなくて お金無かったら彼氏殴るの。出て行けって言われるの。
そしたらえみ 行くとこないもん。だから.....」
「......私達には関係ない事だから...........ゆかちゃん...いこ 」
「待って。なつみさん 私少しなら.........」
「行くよ。」

なつみさんは私を引き摺るようにして外へ出た。

「なつみさん ちょっ...待って。なつみさんってば....。」
「ゆかちゃん だめだよ。」
「でも.....えみちゃんあれじゃ....」
「一度じゃ済まなくなるよ。ずっと言ってくる。」

怖い顔で私に言い聞かせるなつみさんに何も言い返せなかった.....

「簡単に助けちゃ駄目だと思う。あの子が早く気がつく事祈るだけ...........」

なつみさんはやっぱり本当は優しい人なんだ。
私よりもちゃんといろんな事考えてる......

「.....そうだね。早く気がつくといいね。」
でもきっとえみちゃんも恋をしているだけなんだ。

色々な形の恋がある.....
ただ それだけの事。






それからはもう遊ぶ気にもなれず真っ直ぐ帰った。
なかなか眠れなくって ベッドの中でゴロゴロしていた。
その時携帯が鳴った。もう夜中の2時を回ってるのに誰?

まさか.......

吉永さんかもしれないと思い相手も確かめずに慌てて出た。

「もしもし」
「............」
「あの.....誰?」
何も言わない相手に段々腹が立ってきて切ってやった。
よく見てみたら 公衆電話からの着信だったし......
いたずら電話はかかってきても吉永さんはかけてこない。
土曜日だから仕方ないけど今日ぐらいは電話欲しかった。

いつもみたいに大好きだからって 言って欲しかった.....

その日は色々な事がありすぎて疲れてしまった。

いつの間にか眠ってて目が覚めたときにはもうお昼を過ぎていた。
その日はとてもいいお天気で日差しも強かったので窓を全部開けて 久しぶりに洗濯と掃除をした。
ベランダから入ってくる風が気持ちいいけど もうだいぶ暑くなってきたな。

空腹を満たそうと冷蔵庫の中を覗いてみたら冷凍しておいた食パンがあった。
これとあとコーヒーでいいか。あと目玉焼きならできそう。
さすがにうちにはサイフォンはないけどお気に入りのコーヒーはいつも切らさないようにしている。
これだけはこだわりだから。
それをドリップでゆっくり蒸らしながら香りを楽しむ。
大好きな香ばしい香りが部屋中にひろがった。

「香織ちゃん コーヒー頼むわ。」

吃驚してポットから手が離れそうになった。

「.....って 何してるの?そこで」

声のするベランダの方を見ると 普段あまり見ることの無い
Tシャツとジーンズ姿の吉永さんがいた。
「お前ここ1階って事忘れてないか?そんな薄着で部屋に居たら危ないぞ。」
「だって暑いんだもん。.....とにかく入って。あ 玄関からだよ。」




彼の前にコーヒーを出して 私はパンをぱくついた。

「食べる?」
「昼 食ってきたからいらない。」
「そっか.....うちで食べたの?」
「まあな。」
「何 食べたの?」
「忘れた。ていうかそんなのどうでもいいだろ。」
「だよね。で 今日は何用ですか?」
「用がないと来てはいけないのでしょうか?」
「だって.....」
「何?俺が来たらまずいことあんの?」
「だれもそんな事いってないじゃん。」
「冗談だって。喧嘩しに来たんじゃないのは確かだから。」
「......ごめん.....」
「やっぱり香織ちゃんの淹れたコーヒーは旨いな。」
「おかわり どう?」
「サンキュ」

私は台所に立ってポットでお湯を沸かした。


「香織ちゃんその格好反則だぞ。」
「またそんな事ばっかり言ってスケベだなぁ。そういうあなたのジーンズ姿も貴重ですよ。」
「昨日と一緒だぞ。見てなかったのか?」
「そうだっけ?」
「なんだ?それ」

だって昨日はそれどころじゃなかったもん。


「.....奥さん....綺麗な人だね。背も高くてスラっとしててさ。私なんかちびで寸胴だから羨ましいよ......」

さすがに返事はないか.....

「それに優しそうな人だよね。性格もよさそうだし。」
「....喧嘩しに来た訳じゃないって言ったよな。」
「変なの。何で喧嘩になるの?私が頼んで連れてきて貰ったのにさ。大丈夫だって言ったでしょ。」

努めて笑顔で答えたつもりだったんだけど.....

「どこが大丈夫なんだか。鏡で顔見て来い。すごいブスだぞ。」

ブスまで言わなくってもいいじゃん。私は洗面所の鏡に映った自分を見たけど

.....ほんと すごいブスだ.....

「そんな事じゃないかと思って来てみたらやっぱりな。」

後ろにやってきてそういいながら私を抱きすくめた。
そして耳にキスしながら大好きだからって言ってくれた。

こうされるのが一番好き.....

「お湯沸いたからコーヒー淹れるね。」

私は彼の顔を見ないまま台所に戻ってコーヒーを淹れた。

「お待たせ。特製だよ。」
「いい香りだな。」
「でしょ.........愛情たっぷり。でもそれ飲んだら帰った方がいいよ。」
「追い返すのかよ?」
「そうじゃなくて これが原因でばれたら嫌だもん。」
「ノブに電話かけてもらってるから大丈夫。夕方まではいられる。」
「また 頼んだの?なんか悪いな。」

私の為に秋山さんまで嘘つかないといけなくなる。
時々 秋山さんも交えて一緒に飲みにいったりするけど
いつも程よく気を利かせて先に帰ってしまうから申し訳ないと思う。
それにその後の私達の事を知られてるのもちょっと恥ずかしいし......

「......やっぱり会わない方が良かったか?」
「....会ってみたかったから後悔はしてないけど....ただ」
「ただ?何?」
「初めて罪悪感っていうの感じたかも。それに....」
「全部話していいぞ。聞いてやるから。」
「私 吉永さんに悪いことした。ごめんね。」
「何が?香織ちゃん俺に何かしたか?」
「だって昨日.....あんなに責められて.....。」
「いいよ。てか悪いのは俺だから.....」
「私も知ってて好きになったんだから同罪だよ。でも今まではね 正直今が幸せならとか思っててさ。」
「それじゃだめか?」
「だめじゃ......ないけど」

吉永さんは私をまた抱きしめた。

「ごめんな。嫌な思いさせて。もう連れて行ったりしないから。」

彼の優しい言葉に ささくれだった気持ちが彼の胸の中で氷解されていく.........

「......昨日....電話......待ってたんだよ。」
「ごめんな。あいつが寝てからかけようと思ったら俺が先に寝てた。」
「もうっ。よく寝れるよ。私....かなりへこんでたんだよ。」
「......なんで?」
「だって....素敵な人なんだもん。」
「どこにでもいるだろ。あれぐらい」
「そんな言い方.....ひどいよ。」
「俺はお前が好きなの。何度言えば分かるのかな?」

そういいながら項にキスをしてくる。

「恥ずかしいよ。こんな昼間から。外明るいし」
「たまには香織ちゃんから誘ってほしいんだけどな。」

そんな艶っぽい声で言わないでよ。

「そっ...そんな事できない」
「もう無理 限界 抱かせて.....」

吉永さんは私を横にして窓を閉めて さっさとカーテンまで閉めてしまった。

「したかっただけ....とかじゃないよね。」
「香織ちゃんが好きだからしたいの。それと.....」
「それと?」 

「.....余計なこと何も考えられなくしてやる。」

ずるいよ。でもその言葉は彼の唇で止められた。
熱いキスが次々に降ってくる。大好きなキスが.................
そうして 本当に何も考えられなくなっていく。


その時 私の意識を引き戻すべく微かに音が聞こえた。






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