「.....あ いらっしゃいませ....」
「よう 」

「こんにちは 」



    カフェテラス  16



「あらー  もしかして奥さん?初めまして  まーお綺麗な方ね。モデルさんみたい。」

ほーっとママさんが熱い溜息をもらした。

吉永さんの連れてきたその人はママさんの 見立てどおり本当に素敵な女性だった。
背がとても高くって 髪は肩ぐらいまでの長さでフェミニンな感じに
毛先がゆらゆらと踊っていて....薄手のワンピースがとても似合っていた。

お世辞じゃなくってとても普通の主婦には見えない.....



「こんにちは。いつも主人がお世話になってます。前からここ来たくて やっと連れてきてくれたんですよー。」

とても明るい人。
屈託ない笑顔で私たちの方を向いて微笑んだ。

「あら そうなんですか?是非ちょくちょく来てくださいね。」
「はい。ありがとうございます。」

私はメニューとお冷を持ってテーブルに行った。
ちょっぴり不安そうな彼に大丈夫だからという意味も込めて いつも通りに振舞った。

「吉永さん 今日は土曜日だからランチないんだけどどうする?」
「......じゃミックスサンド...にするかな。ナミは?」

...ナミさんて.....言うんだ。

「メニューどうぞ。お勧めは....オムライスとか。ここのシェフのは絶品ですよ。私の大好物なんです。」

私はとても冷静だった。自分でも驚いたくらい。

「じゃあ オムライス食べてみたいな。ね。」

彼に向かってそう言った。
吉永さんは何も言わないで雑誌を読んでいる。


.....返事ぐらいしてあげなよ......


「すぐ出来ますから少々お待ちください。」

私はオムライスのオーダーをシェフに通してからカウンターに入った。
そしてミックスサンドを作り始めた。
土曜日の店内は暇で ママさんは始めてのお客さんが物珍しいのか
彼の奥さんにずっと話しかけていた。

「今日はどこかにお出掛けされるの?」
「ちょっと買い物してから帰るだけです。この人買い物嫌いなんで。」
「旦那ってみんなそうよね。うちのも一緒よ。」

主婦同士の井戸端会議ってきっとこんな感じだろうな。
傍で交わされる会話を聞きながら 私はサンドイッチを作る手を進めた。
サイフォンに火をつけて コーヒーの準備もした。 

「でも子供さんいないからいつまでも新婚さん気分でしょ?」

ママさんの一言が雰囲気を一変させてしまった。
奥さんが少し寂しそうに.....でも笑顔で

「それがなかなかできなくって.....。欲しいとは思ってるんですけどね。」
「仲が良すぎるとできないって言うから。ね 香織ちゃん。」

主婦というのはこんなにも空気を読めないものだろうか。
何も知らないとはいえママさん 私に話を振られても困る。

「.....そういえばそんな事聞いた事あるかも..........」
「ほら。ね?吉永さん 聞いてる?」

......もうやめて欲しい...吉永さん苛めないでよ...

「そんなぁ。全然仲良くないですから。主人 営業でしょ。ほとんど毎晩接待で帰りも遅いんですよ。
帰ったらもうバタンキューで.....。だから私先に寝ちゃってます。」 
「それもうちと似たような感じだわ。まあ うちはもうそんなラブラブって年じゃないけど。あはは」

ママさん なぜか今日は妙にハイテンションだな。
何も知らない二人は私達の気持ちを知らず盛り上がっていた。
私は顔を上げられず下を向いていたから彼の表情はわからない。
でもきっと辛い思いしてるはず.....

私のせいだ。



「お待たせ。吉永さん すぐコーヒー淹れるね。」
「サンキュ。」
「もう。達也  朝もトーストだったのにー 」
「......いいじゃん。ここの旨いんだから 」


.....変なこと言って。サンドイッチなんてどこのだってそんなに変わらないよ.....


「じゃ一つ頂戴。」
「だめ 」
「なんでよ。けち 」
「オムライス食うんだろうが 」
「私のも一口あげるから 」

私を庇って食べさせないようにしてくれたんだろうけど

.......端から見れば仲のいい夫婦にしか見えないよ。


「オムライス出来ましたから 食べてみて下さい。」

私は奥さんの前にそれを置いてからまたカウンターに戻った。

「あ ほんと。美味しい。」

彼女はわざわざ振り返って私にそう言った。

「でしょ。」
「私が作ったらこんなに上手に卵が巻けないもん。」
「あは 私もです。それは芸術ですよね。」

私はなぜこんなに普通に彼の奥さんと喋ってるんだろう。
自分でも全く理解できない感情だった。
でもきっとこの人はいい人なんだと思う。初対面だからわからないけど
もし違う立場で出会ってたら友達になれたかもしれない。
こんな風に考える私はどっかおかしいのだろうけど......


オムライスをペロリと平らげた奥さんはまた振り返った。

「主人がね あなたの淹れるコーヒーが美味しいって。私にも下さいね。」

一瞬 彼女の表情が変わった気がした。気のせい?

私の淹れたコーヒーを吉永さんに急かされながら飲んで
そして二人は帰って行った。



私はいつもと同じ様に仕事していつもと同じ様に家に帰った。
一人になるとつい色々考えてしまう。

週末はやっぱり嫌い................

後悔してる訳じゃない。私が頼んだことだし 泣いたりもしない。

ただ.....なんだろう


なつみさん どうしてるかな。あれから一度も会ってない。
何となく連絡するのが躊躇われてしまって..........
それはきっと自分とよく似た彼女の恋の終わりを見てしまったせい。

久し振りに会いたいな。少しは元気になったかな。
そう思ってなつみさんに電話したら思ったよりも全然元気で
また飲みに行こうかって話になって 私は着替えてお化粧もして出掛けた。


「お久しぶりー。」
「元気だったぁ?すっごいご無沙汰だったね。」
「なつみさんこそ 元気そうで何よりだよ。」

ケンジさんのいる あのお店で待ち合わせした。
あれから二人はどうなったんだろう。もしかして付き合ってるとか?


「ゆかちゃんたら全然連絡くれないから嫌われたと思ったよん。」
「あはは なにそれ。」
「うっそ。冗談。まじで仕事忙しくてさ 夜もバタンキューよ。今は仕事一筋って感じ。資格も取ろうと思ってさ。」
「すごいねー。」
「時間があるうちにね。次の恋に備えてスキルアップってやつ?」
「恋に資格は必要ないと思うけど?」

そう言ったら確かにってなつみさんは笑っていた。


「ゆかちゃん明日休みでしょ。いいな。私は平日休みだから。」
「喫茶店って日曜日開けても人来ないからね。」
「うち不動産屋でしょ。だから水曜しか休み無いんだよね。」
「.....私はその方がいいな。」
「そっか。そうだよね。」

なつみさんには何も言わなくてもわかってしまう。

「私 馬鹿なことしたかも..........」

訝しげななつみさんに今日の事を話した。なつみさんにしか話せないし。







「ゆかちゃん ほんと馬鹿だねー。」
「やっぱ そう思う?」
「自分で自分の首絞めてどうすんの。ま 気持ちはわかるけどさ。」
「やっぱりそうだよね.......」

溜息つきながら店内を見たらケンジさんはお客さんの肩を抱いて煙草を吸っていた。

.......それが仕事だもんね。

「場所変えよ。」
「え?」
「ここはハイエナがいっぱいいるからそんな顔してるとすぐ食べられちゃうよ。」

なつみさんはくすくす笑ってお兄さんにチェックを頼んだ。


それからうろうろ歩いて 結局缶コーヒー買って公園のベンチに座った。

「なつみさん あのさ。聞いてもいいのかな。」
「ケンジの事?」
「.......付き合ってる...とか?」
「まさか あの時だけだよ。一回だけ。」
「そっか。そうなんだ。」

何を安心してるんだ。私は。

「あれからさ 健吾から電話あってね。奥さんの実家に引っ込むらしい。
結局 借金返してもらったみたい。健吾の親ってお母さんだけだから。」
「そう。」
「私ね ちょっと焦ってた。そういえば知ってた?京子さんあれから子供できて例の彼とすぐ籍入れたらしいよ。」
「そうなんだ。知らなかった。」
「なんかさ 本気ならうちの親に会ってとか言ったりして....本当 今思えば嫌な女だよね。」
「......そんな事ないよ。」
「悪かったって言われたから頭にきてさ。だって謝られたら今までの事全部嘘だったみたいじゃんねー。だから.......」

なつみさんは大きく一回深呼吸して言った。

「もう別れましょって言ってやったさ。すっきりしたよ。」
「なつみさんはそれでいいの?」
「いいもなにもって感じでしょ。もう想い出よ。いい想い出にしたいもん。」
「そ.....だね。」

こんな関係だって恋愛には違いないのだから.....

「ね。もう一回付き合ってくれない?」
「え?また行くの?」
「あはは 違うよぉ。店見に行ってみない?どうなったのか。」
「うん。興味あるね。まだそのままかな?」
「さあ もう違う店になってたりしてね。」

二人で店まで歩いた。
なつみさんにとってはきっと決別の意味もあるんだろうと思った。



あの店は看板の明りが灯ってないのを除けば.....そのままだった。




「健吾の夢もここまでって感じだね。」
「ん....何だか淋しいけど...」
「よし いこっか 」
「うん 」

なつみさんのすっきりとした顔を見て安心して歩き出したその時
店の脇の暗い隅っこで人の気配がした......

私はちょっとだけ怖くなってなつみさんにそこを指差しながら小声で誰か居るよと伝えた。
なつみさんが気がついて少し近づくと.......



「......もしかしてえみちゃん?」
「え?えみちゃん?」

私達はそこにうずくまっている人物を確かめるべく声を掛けてみた。


「えみちゃんなの?」




その人物はゆっくり顔を上げた。

............吃驚した。

えみちゃんに間違いはなかった。

だけど................










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